苦労話(4): 信用できないフランス医療・大誤診の壁

2018年5月30日

ここ数日記事が書けなかったのは,時期外れのインフルエンザをうつされてしまったからである。熱と頭痛と鼻水。こいつはつらい。昔京都に住んでいたとき,妻と息子(当時1歳)と3人で,A型とB型両方にやられて地獄を見て以来のつらさである。

そこで今日は,もはや懐かしくさえある「壁」シリーズ,これに立ち戻ってみたい。「大誤診の壁」である。

日本人はどうしても日本人医師や日本語の通じるフランス人医師に頼る傾向がある(そういうのは,『地球の暮らし方』などにきっちり載っている)。それは,フランス語で症状を説明できないとかいう問題だけではなく,ある別の理由がある,というのが私の見解である。まずは私(と息子)の体験から得られた教訓を語ろう。


▼昨年の5月くらいだったと記憶している。ちょうど不動産のトラブル(※いつか書きます)から一段落し,新しい住居から息子が幼稚園に通いだした矢先だった。息子が幼稚園から紙をもらって帰ってきた。「5月×日,フォンテーヌ・ブローの森に遠足に行きます。親御さんはここにサインを」というような紙だった。もちろん,言葉が不自由な息子は幼稚園に行くこと自体をとても苦にしていたが,初めての遠足はとても楽しみにしていた。親も喜んですぐにサインをした。

その前日あたりから予兆はなくはなかった。小さな「めばちこ」(関西)ができていたのだ。これを関東では「ものもらい」,医学用語では「麦粒種」という。要するに,目にばい菌が入ったらしい。それでも,言われないとわからないくらい小さかったし,われわれもそういうのができることもあるし,特に気にしてはいなかった。

ところが遠足当日未明になって,息子が「目が開かないヨー」と言って起きてくるではないか。朝5時半のことである。「こんな時間に何やねん」と見れば,お岩さんというか「ノートルダムの鐘」のように右目が腫れているではないか。これにはあっと驚いた。

どうしようか。残念ながら,新参者のわれわれはパリの病院そのものに詳しくない。知っている大きめの病院(A病院と呼ぼう)にとにかく電話だ。ここなら一度,下の子が肘関節を亜脱臼(「肘内障」)したときに直してもらった。高いらしいが,日本セクションもあるし,信用はできそうだった。救急でも何でもいいから,もし手当てが早ければ,この時間なら遠足に間に合うかもしれない。

かけてみた。すると,窓口の女性はこう言う。「A病院では,小児の救急はやっていないんですよ」。フランスでは,小児を診ることのできる医師とそうでない医師があるらしい。小児こそ救急のお世話になる機会が多そうなのに,と思ったがしかたがない。「ブローニュにあるB病院と,15区にあるC病院があります。そちらに行ってみては? どちらがいいですか?」とのこと。選ぶ基準などないので適当にB病院の住所等を教えてもらい,さっそく行くことにした。

▼タクシーでB病院に駆けつけると,もう6時を少し過ぎていた。閑散とした救急棟に着くと,患者は私たちのほかには誰もいず,スタッフの皆さんはキャンプファイヤーのように車座になってご歓談を楽しんでおられた。私らが入っていくと,「さ,仕事仕事」というように三々五々持ち場に戻られた。実を言うと,このへんですでに「おかしい」という雰囲気が漂っていた。

受け付けの女性(看護婦さん)は親切で,こちらの語学の至らないのにも根気よく対応してくれた。別室で待つように言われてから,数十分が経過した。もう6時半だ。若いお姉さん先生がやってきた。こちらのフランス語はまだダメだし,向こうの英語もわけわからないので,問診は難航したけれども,とにかく進めていった。しかしどうもおかしい。彼女は「昨日特別なことをしなかったか」についてとてもしつこく聞いてきた。こちらは別に何もしていないのでそう答えるが,釈然としない様子である。要するに,こうなった原因を私に尋ねているのである。つまり,診てもわからないということのようだ。

「オーケー」彼女は口火を切った。「まずこれで目を洗います。これは水です」そう言って,水で息子の右目を洗う。そして言った。「たぶんこれは感染ではないと思います」。私が「え?」と聞くと,「たぶんアレルギーでしょう」とのたまう。「いやそんなはずはないですよ。アレルギー体質じゃないし」と答えたのだが,その答えがどの程度彼女に伝わったのかわからない。

「わかりました。こうしましょう。今から抗ヒスタミン剤を投与します。ここで1時間くらい待って様子をみてください」「え,でも学校に行きたいんですが」「よくなったら行ってもいいですよ」。

このぶんでは今日の遠足はアウトだろう。しかし治すことが先決だ。頭の中を混乱させながらも可能性に賭けてみようとした。

▼しかし,ここは何と怪しい病院だろう。まず衛生状態が日本では考えられないほど悪い。パリの街自体の衛生状態は周知のように日本に比べて格段に悪いが,病院までそうなのか。トイレもたいへん汚く,備え付けの紙も切れたままだ。メンテナンスをしていないのが伺える。この点A病院とは格が違う気がした。A病院はブルジョアの病院と言われるだけあって,かなりきれいである。

失意のうちに幼稚園に欠席の電話を入れた。1時間数十分後。子ども用の待合室にいたわれわれのもとに,彼女がやってきた。彼女は息子に「どう?」と聞く。息子も,「よくなったような気がする」と言う(おそらく抗ヒスタミン剤の効果で感覚が鈍化していたのだろう)。「オーケー。学校に行っていいわよ。お大事にね」。

そう,これで診察はおわりだった。投薬もなしにだ。「ええーーっ……」。何だか処方箋のような紙(でも薬は処方されていない)をもらい,「お金は今払わなくていいから」,と言われたわれわれは,払えといわれてもそもそも払う気などぜんぜんないかのように,会計の前を素通りして足早に表へ出た。

混乱しながらも,もしこれが誤診であった場合のことを想像する。薬がないとヤバイだろう。これはアレルギーじゃなくたぶん麦粒種だ。あいつに言ってもダメだろう。別の医者に行かないと。

念のため妻に連絡し,ことの次第を報告した。妻はネットでアレルギーの場合と麦粒種の場合の違いについて調べていた。「それはおかしい。絶対麦粒種だよ。そこから急いでA病院に行って」ということになった。われわれはB病院前のバス停からA病院を目指してバスに乗った。

▼すでに通常の診察をしている時間,つまり9時過ぎに,A病院にたどりついた。日本セクションは言葉の問題がなくてやはり楽だ。「朝方電話して,B病院に行った者ですが……」とアポなしながら日本人医師に診てもらう。この先生は今もずっと診てもらっているたいへん信頼できる先生である。

息子の右目を見るなり,「あ~っこれは痛いよねー」。先ほどB病院でもらった紙を見せながら,「実はB病院でかくかくしかじか……」と言うと,「ええっ,これでアレルギーって言われたんですか?」との驚きのお返事。「はい。水で洗って,抗ヒスタミン剤を飲まされただけで帰されました」と言うと,「こーれーはばい菌でしょう~」とおっしゃる。実はこの先生,アレルギーが専門なのであった。アレルギーでないことは見ればわかるわけである。

「B病院ねぇ……,普通こんなことないんだけど,運が悪かったですねぇ……」。フランスは,何事も「運がすべて」のお国柄である。

「とにかく,眼科の方と僕の方,両方で診ましょう。眼球の内部に感染があるといけないので。さきにそっちに行って,あとで戻ってきてください」と言われ,A病院内の眼科(隣のブース)に回される。

眼科はフランス人医師だった。言葉の問題はあったが,日本セクションの人に助けてもらいながら何とか問診をした。CTスキャンを取るという。眼球の内部を検査するためだ。それは従来予約が必要だが,急性症状なので無理やり順番に割り込ませてもらえた。ただしその日に検査をしても結果が出るのは数日後なので,あまり役に立たないのだが。ともかく,処方箋を書いてもらう。ばい菌を殺すための抗生剤,塗り薬,点眼薬だ。最初からA病院に来ればよかったじゃん,とちょっと安心。それをもって日本セクションに戻った。

▼さて,くだんの日本人医師は,その処方箋をもって唸っている。「う~ん……」。どうしたのだろう。また何か問題なのか?

「どうしようかな……」

何でしょう。

処方された抗生剤を指し示しながら,「残念ながら,この薬は日本人には効かないんですよね」とおっしゃる。

へ?

「日本人が日本からもってくるのはだいたい黄色ブドウ球菌なので,この薬じゃなくこっちじゃないといけないんです(MRSAだとまた違う処方をしないといけないけど十中八九黄色ブドウ球菌でしょう)」。

そ,そういうことがあるのか……。パリの街が不衛生なのでいろんな未知のばい菌に囲まれて,そういうのが目に入ったかと思いきや,もともともっていた菌が入ったらしい。いちおう目脂を少し取り,検査に回したが,結果的に菌は出なかったようだ。

ともかく,もう一枚日本人医師の方に処方箋を書いてもらう。「こちらの方を飲むようにしてください」。

すぐに家路につき,近所の薬局で問題の抗生剤を購入。1週間ほどで腫れは完全になくなった。やはりこの薬が正解だったのだ。が,言われないとわからないくらいだが少し色が残ってしまった。泣きはらすと右目の周りが左目より少し赤くなる。大きくなったらわからなくなるだろうが,かわいそうなことをしたものである。初動を間違ったかもしれない。

▼というわけで,私は現在に至るまでこのA病院の日本人医師にしか信頼をおいていない。フランス人医師がどんなに名医であったとしても,日本人が何菌をもっていて,何人が何菌をもっているか覚えているとは限らない。

もちろん逆に,日本人医師だからというだけで信頼はできない。その前にかかったことのある別の日本人医師は,子どもたちの予防接種を,5種混合とか6種混合のワクチンでやれば1回ですむのに,儲けを多くとろうと毎週バラバラに打っていた。カネは保険でカバーされたからいいようなものの,かわいそうなのは子どもたちで,週に一度注射が待っているため夜中にうなされる始末である。とにかくこちらがモノを知らないとどんどん騙され続けることになる。警戒が必要だ。

アメリカや日本では医療訴訟で誤診と認定されるとかなりダメージを受ける。他方フランスでは医療訴訟そのものが少ないという。なぜならフランスでは医師の権利はとても保護されていて,患者(つまり非専門家)が医師(専門家)を訴えてもほとんど勝てないらしいからだ。医療に限らず,フランスという国は消費者オリエンテッドではなく労働者オリエンテッドな国である。消費者としては,自らの身を守るだけの知識と機転が死活的に必要なのだ。

しかし,B病院の請求書が来たときには,闘う元気はなくあっさり払ってしまった(保険を使った)。こういうことをしているからダメなのだろうか。たぶん闘ったとしても日本と違ってここでは皆さんに同情されないと思うのだが。

追記 le 04 mai 2005

フランス・パリ海外生活ブログさんの「信用できない? フランスの医者」という類似の記事を見つけました。こちらもご参照あれ。