苦労話(2): 法定翻訳の壁

2018年7月9日

フランスは滞在期間が3ヶ月以内なら観光扱いでビザなしで入国できるが,1年間という滞在期間で渡航・滞在するためには,われわれ研究者の場合「研究者ビザ」というものを在日大使館などであらかじめ取得しておかねばならない。私は西日本在住だったため,大阪のフランス総領事館とやりとりをしなければならなかった(この手続きは現在は東京の大使館に一本化された)。なおかつ大阪なんて実家は近いけれど仕事があるのにそう簡単に行けるわけもなく,書類は郵送でのやりとりとなった。

これがどうしようもなくたいへんなのである。何がたいへんと言って,まず電話での問い合わせ窓口は2時から3時までの1時間しかないので,その間に西日本全圏から電話が殺到するのである(だって領事館のウェブサイトを見ても何の情報もないのだ。ちょっと書いときゃ自分らもラクできるのに)。というわけでまず電話がつながらない。忌ま忌ましいこと夥(おびただ)しい。

仮につながっても,彼らは機嫌が悪いだけでなく,聞いたことに一問一答的にしか答えない。むしろ,自分があらかじめ調べた知識が正しいのかどうかを確認できる,という程度のことがこの電話窓口の主な機能であるらしい。「研究者ビザをとるのに要る書類は何と何ですか」とか,「ビザ料金のための為替レートはいまいくらですか」とかいう人工無能でも答えられそうな質問ならまあ大丈夫だ。が,法定翻訳が1部でなんぼではなく,1「枚」なんぼであるという事実は彼らとの会話にはついに出てこなかったために,これで軽く一度失敗した(速達郵送料分を損した)。要するにこの問い合わせのあいだじゅう,こちら側は「自分が何を知らないのかを知らない」というソクラテス的というかヘーゲル的というかハイデガー的な虚無の空間へ捨て置かれたままなのである。

さて,その「法定翻訳」というのが今回のテーマである。

私は家族同伴で渡航することにしたので,戸籍などの「法定翻訳」がビザ申請に必要ということだった。が,海外渡航若葉マークのわれわれにはまずどういうものなのかがはっきりわからない。いや,日本発行の重要な書類を,向こうで有効な書類にコンバートするということはわかる。だけれども,それをどういう手順で作ればよいのかについての情報が見あたらない。

結論から言えば,当該の文書(例えば戸籍謄本とか)をどうにかしてフランス語に訳し,それに大使館/領事館のハンコをもらえばよいのである。お金を払って。

ただ,「どうにかして訳す」という部分でいろいろやり方がある。もちろん自分で訳すという方法もある。専門の翻訳家にしてもらう方法もある。一長一短だ。自分で訳すと向こうの法律用語や言い回しなどがわかっていないとかなり難しいだろう。専門の翻訳家は仕事は完璧で,場合によってはさらに領事館とやりとりの上ハンコまでもらってくれるが,料金が当然発生する。

私の場合は,自分のフランス語会話の師匠(フランス人の若い兄ちゃん)に相談してみた。すると,彼自身もそういう翻訳の「手伝い」をしていると言う。そう言われたときなぜに「手伝い」なのかよくわからなかったが,あとでわかったことにはこれは要するに「自分で訳す」と「専門家に頼む」の中間のやり方なのだった。どういうことかというと,私の師匠はハンコを直接押せる資格はないけれど,ハンコをもらえる水準の書類を作れる能力がある,ということなのだ。一方ハンコを直接押せる人=専門の翻訳家は,大使館/領事館の指定業者として営業をしている。ちなみに私の師匠は日頃のよしみで無料でやってくれた。ありがたい。皆さん九州日仏学館大分校をよろしく。

でわれわれがなすべきことは,結局,(ハンコをもらえる水準の)翻訳済み書類を,領事館に「法定翻訳料」と返信用封筒とともに送付することだ。するとめでたく(例えば,戸籍謄本の)「法定翻訳」と認定されハンコを押された書類が戻ってくるわけだ。ただし何か不備があった場合には,ハンコが押されずに突っ返されたりするらしい。しょうもない一言が抜けていたためとか。これは渡航が迫っていて手続きを急いでいる人にはリスクだろう。

こうしてできた法定翻訳は,ビザの取得申請のために必要な書類である。したがって,ビザを申請するためには,最低でも2度,領事館と書類をやりとりしなければならないということになる。法定翻訳を作るのに1度。ビザ自体の申請に1度。面倒くさいのである。というか,はっきり言って非効率である。彼ら自身の仕事量も何だか多そうで気の毒というか自業自得である。

こういう話は,フランス文化を知る人は「そうそう,そうなんだよね~」と遠い目でうなずくところのものだ。手続き関係が難渋するのはそれ自体フランス文化なのである。あっ。そこのフランス人の方,石を投げないでください。さあこれからフランスへ行こう!と前向きになっている日本人もまた,うれしくもないがその洗礼を日本にいながらにして味わうことになる。軽く凹んでから来いということか。あるいは,これくらいのことで凹むようじゃあオイラの国ではやっていけねーよということなのか。