苦労話(3): 釣り銭ドロボーの壁

2012年3月3日

この苦労話でも,まだ私は出国できてないんですけど。それはともかく,私およびその妻が憤慨したのは,「8,000円ちょろまかし未遂事件」とわれわれ夫婦が仲睦まじく呼ぶところの事件である。

すでに述べたように,ビザを取得するにはビザ料金を払う必要がある。これは本来ユーロ建てで決まっているのだが,領事館がくれたマニュアル(A4ペラ)には確か一人16,000円程度とマニュアルには書かれてあった(うろ覚え。でも金額はどうでもよい)。換算のための為替レートは週ごとに変動することになっているので,かなり多めに書いてあるのだった。それでなくてもけっこう高いが。足元を見られているとわかっていても仕方ないので払う。マニュアルには「釣りは郵送で返すから現金封筒を同封せよ」とある。

まあそういうやり方もあるかな,と送ったまではよかった。

ビザという名のシールを貼りつけたパスポートがめでたく帰ってきた。めでたしめでたし。現金封筒も帰ってきた。がおかしい。何でこんなに少ないんだ?

計算してみると,釣りの金額は9,266円になるはずだ(家族4人分だから,超過額もそれなりに多いわけである)。しかし,帰ってきたのはきっかり8,000円少ない,1,266円なのである。向こうの送ってきた現金封筒にもそのように書いてあった。

何かまたわれわれの知らない料金があったのか? しかし,向こうのとる料金は必ずユーロ建てだから,「きっかり」8,000円というのはおかしすぎる。怪しい。

と考えたが,まあこちらも向こうも内容を補償している現金書留で送っているんだから,とりあえず郵便局に問いあわせればこちらが送った額と向こうが送り返してきた額の差額もキチッと証明できるんだろうと安易に考えた。しかし,である。

郵便局に電話してみて,言われて,やっとあたりまえのことに気づいたのだが,郵便局の窓口係員は,現金封筒の中味まで改めるわけではなかった。ただなんぼなんぼと書かれた封筒を,ハイそうですかと処理しているだけである。だよねぇ。だから,封筒に書かれた金額と内容が一致しなくても,誰っっっにもわからないのである。つまり領事館側に,「あんたが最初にうちに送ってきた封筒の中身は,封筒に書いてあるのより8,000円少なかったよ」と言われたら,こちらには何の証拠もないということだ。

ここで,「絶対やられた」と確信した。今もまだ「確信」にすぎないけれど。

言い知れぬ憤怒にかられながら失われた8,000円を求めて受話器を取るが,当然ほとんどあいていない窓口のこと,すぐにつながるわけがないし,自分の授業がある日にはかけられないし,メールを2度送るがなしのつぶてである。このこと自体怪しい。だって,問い合わせのメールは何度か送ったが,そのつどちゃんと返事が来たのであるからして。

この件では妻も怒髪天を衝く勢いで毎日の電話攻勢をかけた。その結果,やっとつながったのである。そこで言うことが重ね重ね怪しい。

「あ~,あの8,000円ですね~。ちょうど8,000円だけ計があわなかった日があったんですがぁ~,誰に返したらいいかわからなくてぇ~,返してほしい人がいたら言ってくるだろうと思って待ってたんですよぉ~。え,メール? い~え~来てませんけどぉ~」

とか「即座に」ぬかしたらしい。口調は違うと思うが。ちなみにこの担当者は日本語を話すフランス人女性だったそうである。そういう口調(どんな口調?)をご想像いただきたい。

「普通そんなん言われても調べんとわからんやろ! 言われてすぐわかるなんて絶対こいつが犯人や! こいつがメールも握り潰しやがったんや~~~!!」と(これも口調は違うが)五臓六腑の煮えくり返った妻は,問われるままに「私の」名前と住所を答えたらしいが,8,000円の現金封筒はなんと「妻の」名前で返ってきた。どうして?

ね? きわめて怪しいでしょ。限りなくグレーでしょ。

かくしてわれわれは,在大阪・神戸フランス総領事館から正しい釣り銭を回収できたのである。出発2日前のことである。

結果的に滑り込みセーフだったし,そもそも何ら証拠がないので領事館員が何かをしたと言えるわけではない。こんなん書いてしまって逆にお怒りのメールとか来るかもなあ。しかし,地方から郵送で渡航手続きをしつつ,忙しく出国準備をしている人にとっては極めて問題のある対応であることは確かだ。おそらく窓口の人間が「ちょっとくすねちゃお」とか思ってこの手を使えば,私たちのように筋金入りにビンボーくさい人間以外は,ビザ自体はとれてるわけだし,それほど根性を出せないで回収をあきらめてしまうはずである。ほどなく日本からいなくなるし,要するに回収コストが高すぎるからね。

あたりまえのことをあたりまえにやってもらうためにとてつもない労力を払う,これが憧れのおフランスの日常生活である。う~ん,我ながら言い得て妙だ。

ついでに言うと,日本国民がフランス領事館の対応のまずさについて苦情を言ったところで,嫌われこそすれきちんと謝罪されることはまずないだろう。だって窓口の彼らは,別に日本人どもに親切にする義理はないのだから。相手は「踏みつぶしても踏みつぶしても出てくる黄色いアリ」(©クレッソン元首相)程度のものである。だから私は領事館には何も言わなかったし,今ここでもそちらに向けて言っているつもりはない。フランスの流儀では騙されて何も言わない方が悪い。だからご自由にやっていただきたい。ただ日本国民に向かっては,警鐘を鳴らしておこうとは思うのだ。情報があまりにもなさすぎるから。