「進化しすぎた脳」と無意識の論理

2018年8月21日

進化しすぎた脳池谷裕二『進化しすぎた脳――中高生と語る[大脳生理学]の最前線』(講談社ブルーバックス)だが,やはり面白かった。もちろんわれわれの研究とはジャンル違いだが,ヒントが隠れている。

特に,次の引用部分はわれわれがいま取り組んでいる方法論に密接な関係がある。

学生U  とすると,ゆらぎは何のために存在するでしょうか?

池谷  いくつか理由はあると思う。たとえば,これも僕の仮説なんだけど,揺らぎがもたらす不確実性が生物には必要だと思うわけ。たとえば,2つの選択肢A,Bがあったときに,普通に考えると選択肢Aのほうがよいと思えても,たまにはBを選ばなきゃいけない状況というのはいっぱいあるよね。

 環境は絶えず変わるから,当初はAという選択がベストだったとしても,将来は損する可能性がある。ということは,たまにはBを選んで,Aと比較しないといけない。だから,一度Aを選んだら「俺は一生ずっとAだ」と決め付けるんじゃなくて,ときどきゆらいでBを選択することも必要だ。このように選択行動にファジー性を含有させることに,脳の自発活動が関係しているのかもしれない。

 実は,こういう問題意識をもっている研究者は僕だけじゃないらしい。2006年の『ネイチャー』に掲載されたユニークな論文があるんだ。実験者は当たり確率が違うスロットマシンを4台用意して,それを人間がどう選ぶかを調べた。スロットマシンの当たり確率は一定ではなく,ゆっくりと変わっていく。しかもバラバラのタイミングで。つまり,被験者は最初に選んだベストのスロットマシンを選び続けるといずれは損するから,ときどきスロットマシンを変えなくてはいけない。こうした実験をやらせて,fMRI(機能的核磁気共鳴画像法)で脳の活動を測定していく。すると,当たっているスロットマシンを選び続けているときに活動する特定の部位と,ふと違うスロットマシンを選びたくなるときに働く部位が異なることがわかってきた。もしかすると,脳にはこうした不確実性を内発的に生み出すしくみがあるようなんだ。


ここで4つのスロットマシンを引くという設定に注目してほしい。当たり確率は変動するからちょっと違うのだが,もしこれが変動しなければ(「定常的」であれば),この設定は「4本腕バンディット問題」と呼ばれることになるだろう。

「n本腕バンディット問題」というのは,スロットマシンにn本の腕があり(n個のスロットマシンがあっても同じ),その当たり確率が背後で決まっているが,プレイヤーにはもちろんわからないので,プレイヤーとしては試しに引いてみて,どれが当たりの出やすい腕なのかを探さねばならない(「探索 exploration」)。しかし,探索ばかりしていたのでは得点を最大化(「知識利用 exploitation」)できない。だから,この問題には「探索と知識利用のトレードオフ」がある,と言われる。

われわれは,「選択行動にファジー性を含有させる」ロジックについては,いい具合のものをすでに1つ見つけた。ただし「2本腕バンディット問題」においてである。これを3本腕,4本腕,n本腕と一般化していく際に,脳科学の知見はヒントになりうるだろう。

研究

Posted by 中野昌宏