フランスに学ぶ少子化対策(その2)

2020年5月20日

ジュンク堂の書評誌『書標』の「著書を語る」コーナーの原稿も2月15日締め切りだった。が,先に仕上げてこれは済(店頭配布は3月5日からだそうだ)。

その締め切りである2月15日に,学内の「EU研究会」で,フランスの少子化対策について報告することになっている。

2月18日には学外のとある研究会で,ネグリの『マルチチュード』について報告することになっている。

で3月17日には駒場のとあるシンポで「新自由主義と拝金主義――ラカン的視座から」というのを報告する予定(また今度告知します)。

頼まれると「あっ,いいッスよ」とつい言ってしまう気のいいオイラだが,うっかりここまで重なってしまった。私の労務管理の敗北である。試験は終わったが成績評価がまだだし。なんだか悪寒がしてくるし。

しかしながら,今日はフランスの少子化対策について,おさらいがてらもう一度まとめてみたい。ブログなんて書いてる場合ではないけれど,15日の資料づくりに資するテーマということで。


前回このテーマで記事を書いたとき,内閣府が調査したという毎日新聞の記事から書き起こした。このとき私は調査はこれからするのだろうと思っていたが,実は調査結果は4月25日にまとめられていた。これは『少子化白書』よりもフランスに特化して詳しいので,参照すべきである。

▼前のエントリーでの論旨は,要するに子どもを(多く)産むと,

  • 収入については,日本ではわずかに増え,フランスでは大幅増。
  • 支出については,日本では激増し,フランスでは少し増える。

というわけで,子どもを産み育てるときの経済的負担の軽さはフランスの圧勝,という話であった。ついでに付け加えると,こういう子育て費用を個々人(親)が負担するのではなく,国家が負担するのであるとするその姿勢に,私などは男気を感じるのである(france/république françaiseって女性だけども)。フランスという女は,「そんなの自分で払ってよ」というセコい女ではないのである。あくまで太っ腹なのである。

よく「受益者負担」というけれども,この場合「受益者」は誰なのか。親だけなのか。あるいは,「受益者」というより「責任主体」なのか。産んでしまったんだからお前育てろという。子どもを産んだら悪いみたいではないか。

そうではなく,若年構成員が増えることは,国家共同体にとっての受益とは考えられないのか。だとしたら,国家が自らの庇護のもとにある構成員を経済的に支援することは故なしとしないのではないか。

(これは教育にも言える。教育によって受益しているのは個々人だけではなくて,国家全体であると思う。だから大学がサービス業だと思われていたり,国立大学が何げに潰されていくことは,不幸な勘違いに基づく仕儀なのである)。

とまあそういうことが私の申し上げたいことである。言い添えておくと私は「国家」主義者というわけではなく,単にシカゴ派経済学はいけ好かないと思っているだけである。

▼ただ以上の話は経済的負担についてであって,心理的・体力的負担についてはこの限りでないことは言うまでもない。

先回「ドイツは調査いらんのんちゃう?」と軽く突っ込んだ私であるが,これは記事の書き方が悪かったのであって,報告書を見ればフランスとドイツ(と日本)を比較するかたちで調査がなされていたのがわかる。「フランスの出生率はなぜ高いのか。ドイツの出生率はなぜ低いのか」という問題意識でなされた調査である。同じユーロ圏なので金額的な比較がしやすいし,フランスと日本だけよりもいいということだろう。特に,先回私は特に経済的な問題に絞って論じたが,「手当が手厚いのに出生率が上がらない例」としてドイツを扱うことは大きな意義のあることである。 「カネの問題だけではない」ということだ。以下に「主なポイント」を引用してみよう。

主なポイント

  1. フランスの高い出生率を支えるもの
    • 高い出産期女性の労働力率(80%)と高い合計特殊出生率(1.89)
    • 手厚くきめ細かい家族手当
      • 第2子以降には所得制限なしで20歳になる直前まで家族手当を給付
      • 子どもが3歳になるまで育児休業または労働時間短縮が認められ、第2子以降の育児休業手当は3歳まで受給可能
      • 保育ママ、ベビーシッターの利用に関する補助金も利用可能
    • 子どもをもつ家庭に有利なN分N乗方式の所得税制
    • 多様な保育サービス
    • 35時間労働制で男女とも短い労働時間
    • 同棲による婚外子が一般化
  2. ドイツはなぜ出生率が低いのか
    • ドイツは児童手当等の現金給付は手厚いが、合計特殊出生率は低迷(1.34)
    • 保育サービスが不足
    • 学校は半日制、給食はなく、子どもは昼前に下校するため、母親のフルタイム就業は事実上困難
    • フランスよりも性別役割分業意識が強いこともあいまって、女性は就業か子育てかの二者択一を迫られる状況
  3. 日本への含意
    • 家族政策の内容、子育てをめぐる諸政策の一貫性等が必要

これによれば,カネがあったとしても,保育サービスなどの不足(制度的不備)と男女共同参画社会的な意識不足というのがネックになるようである。

▼個人的にどうなのかなと思うのは,婚外子に対する考え方である。日本ではやはり婚外子差別は大きいが,フランスではそれがないという。というかPACSなどという形態もあるし,未婚で同棲というケースが山のようにあるので,いちいちそんな隣人の「法的な婚姻形態」を詮索したりはしないのである。インターフォンの表札にも父親と母親の姓が両方書いてあることは普通のことである。

まるでよいことのように聞こえるが,ということは,規範の緩い男が外に子どもを作りまくっているという,フランス的には想像に難くない出生率の向上要因も十分に考えられるということだ。片親がいない場合,子どもの発達に障害が出ることもある程度予想される。もちろん適切に育てれば大過なく育つに決まっているが,問題のある大人が育つ率は,規範の固い社会に比して上がるのは避けがたいのではないか。

精神分析がフランスで今も大きな力を持つ背景はこういうところにあるのかもしれない。だいたいフランスというのは,とりあえず自由なのはいいけれど,そのしわ寄せが別のところに出ている社会であるように私は思う。移民問題にしろそうだし。

とりあえず今日はここまで。次回は,国家が少子化対策をすること自体に対する,ありうべき反論について検討したい。