人生最悪のクリスマス――証明できない真実の歯ぎしり

2018年8月21日

こんなことがあっていいのか。悔しいやら,情けないやら……。

また詳細を順次書いてゆこうと思うが,今日は概略しか書けない。

親友のフランス人,Dが日本に3ヶ月半ほど滞在していた(短期滞在ビザで3ヶ月,延長申請でプラス15日)。Dは,私のパリ滞在中にできた,家族ぐるみでの親友であり,恩人である。

彼は精神が細やかで,異常に鋭い感性をもち,なのでかなりの器用貧乏で,そしてパリジャンに辟易していた日本人の対人感覚にとても近い感覚をもった,フランスで出会った数少ない信頼できる人物である。


彼はわれわれと知り合う以前から,別の日本人(Hさん)と親しくしており,昨夏には彼の招きで来日を果たしていた。Hさんは,「レイキ」というヒーリング技術の「マスター」の資格(技術を人に教えることができる)を取りつつあった。Dはそのとき初めてレイキを体験した。

082030.jpg▼レイキは本来「霊気」と書き,日本(鞍馬あたり)発祥の技術だそうである。ハワイを経由することで世界各国に広まった。日本においてよりも,海外において認知度が高い。今日では逆輸入のかたちで日本に再上陸してきつつあるらしい。現在日本には2つのレイキ関連の政府公認NPO法人があるそうだ。認知度はともかく,これを学ぶにはやはりフランスよりも日本の方が「本場」であることは間違いない。

この最初の訪日時に,感性の人Dは,日本の文化や風土などに強い魅力と親近感を感じると同時に,レイキという技術が自分のパーソナリティーや能力に合致した天職であると確信した。そして,本格的に日本に住んでHさんやその師匠からレイキを学ぼう,と決意したのだった。41歳・独身の彼はそういうわけで,Hさんを頼りに,ほとんどフランスを捨てる覚悟までして,あらためて来日したのである。

この場合最大の問題は,日本政府が「レイキ」を日本固有の文化として認めていない点である。もしこれが「空手」とか「茶道」とかであれば,それを習得するために日本に滞在するについては「文化ビザ」というカテゴリーがある。これが取れれば何の問題もなく,入国・滞在できる。しかし現状の日本では,「レイキ」でこのビザを取ることはできないのだ。仕方がないので「短期滞在ビザ」(いわゆる観光ビザ)でまず入国し,そこから,少し無理やりだが,文化ビザへの変更申請をしていた。

この申請はすぐに却下された。やはりちょっと無理があったか。しかし本来は認められてよいはずのものなので,その承認をめぐって努力しつつあった。

▼オーバーステイにならないよう,今月の19日から22日まで香港へ一時出国した。その後,さらに3ヶ月日本に滞在し,文化ビザが却下されたことについて異議申立をする計画であった。22日夜に帰ってきた彼は,入国管理局関西空港支部で,想定外の「上陸拒否」の憂き目にあう。

1度目(前回),2度目(9月ごろ),3度目(22日)の「来日の目的」が,「観光」やら「知人訪問」やらと,バラバラの理由を書いたりしたようなので,それが怪しまれたのかもしれない。不法就労を目的として,そういうやり方をする外国人は多いからである。入管法の「②申請に係る活動(我が国で行おうとする活動)が偽りのものでないこと」という要件にあるいは引っかかったのではないかと思う。ただ彼の場合,これらの理由はすべて虚偽ではない,それぞれ真実(の一部)であった。本人にしてみれば,いずれも本当のことだから「偽り」を述べている意識は全くないのだった。

そもそもDはとても嘘の嫌いな男だった。時間にもうるさく,きれい好きで,律儀で,情に篤く,ひいては遵法意識の強い,まさにフランス人のステレオタイプの対極にあるような男だったのだ。ただ問題はそういったことを証明できないということだ。

実際には,Dは日本ではまったく働いてはいないし,むしろカネを落とすだけの上客だった。それが真実である。「働いていない」ということは証明できないから,真実は法的に意味がないとはいえ。

入国管理局のホームページによれば,

外国人が出入国港において入国審査官による上陸の審査を受けた結果,上陸のための条件に適合していると認められなかった場合には,特別審理官に引き渡され口頭審理を受けることになります。

口頭審理の結果,特別審理官により上陸の条件に適合すると認定された外国人には,直ちに上陸が許可されますが,上陸のための条件に適合しないと認定された外国人は,特別審理官の認定に服するかあるいは異議を申し立てるかを選択することができ,認定に服した場合には退去命令が出されます。また,異議を申し立てる場合には認定後3日以内に法務大臣に異議の申出を行うことができます。

入国管理局の彼の扱いは,まったく官僚的なものであった。口頭審査にあたった特別審査官は,Dのアピールをまったく聞かず,「何のために日本に来たのかわからない」と一蹴。だいたい審査官の立場としては,疑わしい者は「まあ入れてやろうかな」という方ではなく,「どいつもこいつも排除」という方にインセンティヴがあるに決まっている。変なやつを入れてしまってあとで責任を問われるより,そのほうが安心だ。

▼Dは別に法に触れることはしていない意識なので,まず異議を申し立てることを考える。それが法務大臣のところで認められれば上陸できることになっているものの,認められない可能性が極めて高いという情報を,すでにわれわれ(Hさんと私ら夫婦)は得ていた。また異議を申し立てることによる不利益も大きい。より厄介な人物としてマークされる可能性もあるし,当然時間もかかる。最終的に却下され強制退去などにでもなってしまうと,その記録は向こう5年間は基本的に消すことができない。実際にやってみて,どのようになるのかわからない。試してみるにはリスクが大きすぎる。

このように,我が国における外国人の上陸審査手続は,外国人が上陸のための条件に適合することを自ら十分に主張・立証する機会が与えられています。

と入国管理局は言っているようだが,実際問題「外国人が上陸のための条件に適合することを自ら十分に主張・立証する機会」が現実に与えられているとは私は認めない。日本の法律知識のない普通の人間(外国人だけでなく,日本人だって知らない)に,どのみちそんなことができる状況ではない。空港内で3日以内に弁護士を立てるなど,普通の外国人には無理である。弁護士費用の問題もある。これは裁判ではないから認められても認められなくても費用は要るのだ。

ということよりも,雪の日の空港ロビーで,枕だけ与えられ,そのへんで寝とけという扱いは,それだけで十分人権軽視の扱いである。Dはこのロビーで2晩寝泊まりさせられた(さすがに2晩目には,身柄を管理しているキャ○イ・パシフィック航空に毛布を要求し,与えてはもらったようだ)。このうえ異議申し立てなどしていると,いつまでそんな生活が続くのかわかったものではない。ロビーは人が寝る場所ではない。結論が1日延びるだけでも大被害である。また入国管理局は,上陸拒否の人間をホテルに泊まらせる「ことができる」らしい(自費で)が,いつもそうしてくれるわけではない(わけがない)。

こんな状態で「自ら十分に主張・立証できる」などとは盗人猛々しいのである。この一文は,自らの疚しさの表れた,取ってつけたようなアリバイ的一文であると言える。

▼Dは当然フランス大使館にもコンタクトをとり,いろいろと相談もしたようだが,フランス大使館の圧力で日本の決定が覆ることはありえないため,「ここはゴネない方がよい」と言われる。すでに述べたようにわれわれも情報収集と相談を重ね,同様の結論に達していた。結局異議申し立てをせず,「しょうがない,フランスに帰ります」と言うということにする。上陸拒否の記録については,後日抹消してもらうよう申し立てる作戦で,われわれはともかくDをベッドで寝かせてやることを考える。

なお,帰国するにあたって身の周りのものや衣服やノートパソコンをまとめるために一時的に入国させてくれと頼んだりしたようだが,そんなことはおろか,友人Hさんが荷物をDに渡すことすら許されないという。

どうしてそのような悪意ある仕打ちをする必要があるのか,やはりよくわからない。おそらく,連中の頭の中ではDはすでに犯罪者なので,そういう輩の人権などどうでもよいのであろう。あるいは何かヤバいものを受け渡しするとでも思っているのだろうか。だったら荷物検査をすればよかろうに(実際あとで屈辱的な荷物検査も受けねばならなかった)。

▼そもそも,Dは「疑わしい者」ではあるかもしれないが,少なくともまだ「犯罪者」までは行っていないのだ。連中こそDが不法就労をしていた証拠を出すことはできないのだから(Dが犯罪者であると言うなら,言う者に挙証責任がある)。「疑わしい」から,日本に「上陸を認めることが好ましくない」という判断をさしあたりしているだけである。「犯罪者」だからではない。入国管理局は裁判所ではないのだ。

百歩譲って,「疑わしい者」の入国を拒否することは,一国の政策として,ありうる。しかし,「疑わしい」だけの人々の人権を無視してよいという政策などは,ありえない(というか犯罪者であってすら,人権は尊重されるべきであろう)。犯罪者ではない「疑わしい」人物には,日本国の都合によりお引き取りを願う,ということであってはじめて筋が通るのである(どうせ旅費は本人の負担なのだ。むしろ旅費だって出して差し上げないといけないのではないか)。

その間,私ら夫婦も知り合いの弁護士に何とか連絡をつけ,力になってもらえないかと頼むも,あいにくその日はその弁護士は休み。クリスマス連休なのでほかの弁護士を紹介してもらうこともできなかった。

フランス大使館も電話で喧嘩してくれたらしいが,入管は法務省,大使館は外務省の管轄。なので何を言っても無駄らしい。結局誰も助けてはくれなかった。

さらに,航空会社の極めて理不尽な対応にも悩まされた。これもひどい話で,絶対にこの事実を公開する必要があるが,あまりに込み入っているのでまた次回。

▼日本が好きで,日本人の気質や,文化や,風土や,そういうものに共鳴して,国を捨てる覚悟までして来ている外国人を,まあそいつが素人でやり方がちょっと間違っていたからといって,多額の金銭を要する不本意な決定にもおとなしく従おうとしているのに,こんなに虫けら扱いするほどの権利は誰にもないと思うが,いかがか。

というか,中途半端に正直なことを言ってしまう彼のような朴訥な素人が捕まり,もっと狡猾で入国審査のツボを知っている本物の不良外人は捕まらないのである。これは例えば交通取り締まりで,明らかに車を改造していたりいろいろと違反している目に見えて悪質なのが捕まらず,むしろ捕まえやすいそのへんの一般市民がよく捕まるのと同じ不条理である。

彼の人となりを知っているだけに,この3日間,ほとんど何も力になれない自分に罪責感を感じずにはいられなかった。DとHさんと私ら夫妻で携帯で連絡を頻繁に取り合うが,Dの携帯はしょっちゅう電池切れしてしまう。連絡がつかないとどんなに不安だろうかと思うと,いてもたってもいられない(なお空港内では,単3電池3本が600円もするのである。まさに非人道的な価格である)。

しかもあいつ,失業中でカネがないのに,日本に来て技術を身につけるどころか(いや,ある程度は身につけたけれども,修了証を得ることができなかった),あまりにも多額のカネを落とした(レイキは正規の料金を払って受講していた)。しかも犯罪者扱いされ,名誉を失い,向こう5年間日本に再び入国できるチャンスを失った。何ということだ。

社会の矛盾は,弱いところにしわ寄せとして出てくるものである。

▼この間,子供会のイベントや,教え子たちとの忘年会があったが,その間もDは空港ロビーで寝起きしているかと思うと,胸のつかえがとれない。

昨日はイヴである。娘のバレエ教室のついでに家族でショッピング・モールにでかけるが,大人は悲愴な顔でひっきりなしに電話ばかりしていた。子どもたちには気の毒だった。

ダメ押しに,帰宅したらフランスから郵便が届いていた。いやな予感。開けてみるとはたして,すでに払ったはずの住民税の請求が。怒髪天を衝くとはこのことである。許せぬ。フランス人はイタリアという国を「泥棒の国」と考えているらしいが,違うよ,それは君らの国だろう。自国民一人守れんくせに,外人からカネ盗ろうとすんなっちゅうねんボケ。と言いつつ,日本も同じなんだよなあ。

というわけで,37年の私の人生で最悪のクリスマス・ワースト1は,今年のそれだという話である。それにしても,誰か助けてやれんのか。歯がゆいばかりだ。

追記 le 26 décembre 2005

書いた時点では頭に来ていたので,冷静になってから若干マイルドな表現に直したところがあります。