フランスに学ぶ少子化対策(その2)
ジュンク堂の書評誌『書標』の「著書を語る」コーナーの原稿も2月15日締め切りだった。が,先に仕上げてこれは済(店頭配布は3月5日からだそうだ)。
その締め切りである2月15日に,学内の「EU研究会」で,フランスの少子化対策について報告することになっている。
2月18日には学外のとある研究会で,ネグリの『マルチチュード』について報告することになっている。
で3月17日には駒場のとあるシンポで「新自由主義と拝金主義――ラカン的視座から」というのを報告する予定(また今度告知します)。
頼まれると「あっ,いいッスよ」とつい言ってしまう気のいいオイラだが,うっかりここまで重なってしまった。私の労務管理の敗北である。試験は終わったが成績評価がまだだし。なんだか悪寒がしてくるし。
しかしながら,今日はフランスの少子化対策について,おさらいがてらもう一度まとめてみたい。ブログなんて書いてる場合ではないけれど,15日の資料づくりに資するテーマということで。
前回このテーマで記事を書いたとき,内閣府が調査したという毎日新聞の記事から書き起こした。このとき私は調査はこれからするのだろうと思っていたが,実は調査結果は4月25日にまとめられていた。これは『少子化白書』よりもフランスに特化して詳しいので,参照すべきである。
▼前のエントリーでの論旨は,要するに子どもを(多く)産むと,
- 収入については,日本ではわずかに増え,フランスでは大幅増。
- 支出については,日本では激増し,フランスでは少し増える。
というわけで,子どもを産み育てるときの経済的負担の軽さはフランスの圧勝,という話であった。ついでに付け加えると,こういう子育て費用を個々人(親)が負担するのではなく,国家が負担するのであるとするその姿勢に,私などは男気を感じるのである(france/république françaiseって女性だけども)。フランスという女は,「そんなの自分で払ってよ」というセコい女ではないのである。あくまで太っ腹なのである。
よく「受益者負担」というけれども,この場合「受益者」は誰なのか。親だけなのか。あるいは,「受益者」というより「責任主体」なのか。産んでしまったんだからお前育てろという。子どもを産んだら悪いみたいではないか。
そうではなく,若年構成員が増えることは,国家共同体にとっての受益とは考えられないのか。だとしたら,国家が自らの庇護のもとにある構成員を経済的に支援することは故なしとしないのではないか。
(これは教育にも言える。教育によって受益しているのは個々人だけではなくて,国家全体であると思う。だから大学がサービス業だと思われていたり,国立大学が何げに潰されていくことは,不幸な勘違いに基づく仕儀なのである)。
とまあそういうことが私の申し上げたいことである。言い添えておくと私は「国家」主義者というわけではなく,単にシカゴ派経済学はいけ好かないと思っているだけである。
▼ただ以上の話は経済的負担についてであって,心理的・体力的負担についてはこの限りでないことは言うまでもない。
先回「ドイツは調査いらんのんちゃう?」と軽く突っ込んだ私であるが,これは記事の書き方が悪かったのであって,報告書を見ればフランスとドイツ(と日本)を比較するかたちで調査がなされていたのがわかる。「フランスの出生率はなぜ高いのか。ドイツの出生率はなぜ低いのか」という問題意識でなされた調査である。同じユーロ圏なので金額的な比較がしやすいし,フランスと日本だけよりもいいということだろう。特に,先回私は特に経済的な問題に絞って論じたが,「手当が手厚いのに出生率が上がらない例」としてドイツを扱うことは大きな意義のあることである。 「カネの問題だけではない」ということだ。以下に「主なポイント」を引用してみよう。
主なポイント
- フランスの高い出生率を支えるもの
- 高い出産期女性の労働力率(80%)と高い合計特殊出生率(1.89)
- 手厚くきめ細かい家族手当
- 第2子以降には所得制限なしで20歳になる直前まで家族手当を給付
- 子どもが3歳になるまで育児休業または労働時間短縮が認められ、第2子以降の育児休業手当は3歳まで受給可能
- 保育ママ、ベビーシッターの利用に関する補助金も利用可能
- 子どもをもつ家庭に有利なN分N乗方式の所得税制
- 多様な保育サービス
- 35時間労働制で男女とも短い労働時間
- 同棲による婚外子が一般化
- ドイツはなぜ出生率が低いのか
- ドイツは児童手当等の現金給付は手厚いが、合計特殊出生率は低迷(1.34)
- 保育サービスが不足
- 学校は半日制、給食はなく、子どもは昼前に下校するため、母親のフルタイム就業は事実上困難
- フランスよりも性別役割分業意識が強いこともあいまって、女性は就業か子育てかの二者択一を迫られる状況
- 日本への含意
- 家族政策の内容、子育てをめぐる諸政策の一貫性等が必要
これによれば,カネがあったとしても,保育サービスなどの不足(制度的不備)と男女共同参画社会的な意識不足というのがネックになるようである。
▼個人的にどうなのかなと思うのは,婚外子に対する考え方である。日本ではやはり婚外子差別は大きいが,フランスではそれがないという。というかPACSなどという形態もあるし,未婚で同棲というケースが山のようにあるので,いちいちそんな隣人の「法的な婚姻形態」を詮索したりはしないのである。インターフォンの表札にも父親と母親の姓が両方書いてあることは普通のことである。
まるでよいことのように聞こえるが,ということは,規範の緩い男が外に子どもを作りまくっているという,フランス的には想像に難くない出生率の向上要因も十分に考えられるということだ。片親がいない場合,子どもの発達に障害が出ることもある程度予想される。もちろん適切に育てれば大過なく育つに決まっているが,問題のある大人が育つ率は,規範の固い社会に比して上がるのは避けがたいのではないか。
精神分析がフランスで今も大きな力を持つ背景はこういうところにあるのかもしれない。だいたいフランスというのは,とりあえず自由なのはいいけれど,そのしわ寄せが別のところに出ている社会であるように私は思う。移民問題にしろそうだし。
とりあえず今日はここまで。次回は,国家が少子化対策をすること自体に対する,ありうべき反論について検討したい。
ディスカッション
コメント一覧
Dear Nakano-san,
なおこです。ご帰国後ますますのご活躍ぶり、頼もしい! 今は自分の仕事(出張が続いています)と博士論文の事で手一杯ですが、イタリア、日本での少子化現象に並々ならぬ関心を持っています。
フランスの事例は面白いですね。経済的要因と同様、価値に関わる部分、両親の関係のフレキシビリティ、多様性も興味深いですね。人口学の分野ではオランダ人のDick van de Kaa、ベルギー人のRon Lesthaegheが派手にChanges in Value in Child Bearingについて論文を書いています。
http://www.ssc.uwo.ca/sociology/ftsc/Surkyn%20and%20Lesthaeghe%20SDTeurope.pdf
Population Association of Americaの年次会合で確か2,3年前、Why U.S. has such a high fertility? というセッションをしていたのが印象的でした。
どなたか優秀そうなゼミの学生さん、Choosing Childless in Japanについてin-depth interviewsに基づくフィールド・データ収集するよう、薦めて下さいませんか! Interview Guideの作り方については私もお手伝いできると思います。
Google で下記キーワードで面白い案件が出てくると思います。
Second demographic transition
Max Planck Institute for Demographic Research
私も新聞記事でイタリアの事例を丁寧にまとめていく作業を少しずつ始めないと! それではまたメールします。
こんにちは。
ドイツとフランスの比較、勉強になりました。
さて、「フランスの男が外に子供を作りまくっている」という意見には賛成できません。女性が外に作りまくっていることも多々あるからです。また、片親だと子供の発達に問題があるということはまったくないと思います。もちろん両親そろった家とは同じ発達はしないので「違い」はあるでしょうが、その「違い」は必ずしも否定的なものとは限らないと私は思います。また、ここもフランスのすごいところなのですが、片親家庭への金銭的、法的、精神的サポートも非常に手厚いと感じます。
Naokoさん,初書き込みありがとうございます。さすが専門家。また直メールしますのでいろいろご教示ください。
ふらんすさん,いつもありがとうございます。
> さて、「フランスの男が外に子供を作りまくっている」という意見には賛成できません。
確かにここはツッコマれるかなと思っていましたが。しかし
> 女性が外に作りまくっていることも多々あるからです。
と来られるとは思いませんでした(笑)。いずれにせよ,私のレベルでは隣近所の例とか聞いた範囲の話と憶測,という域を出ませんので。あるいは大学者の経歴を見ていると,「英雄色を好む」ではないですがどいつもこいつもそういうことをしているみたいな印象をもちますので。つい,「恋愛がナショナルスポーツの国」のイメージが膨らんでしまうのです。不穏当だとしたら私の妄想の部分を割り引いてお読みくださいませ。
で,片親うんぬんの話もよくつっこまれるところです。これについてはもちろん一般化はできませんで,つまり「片親→発達に問題」と言うことはまったくできません。片親で問題なく育っている人がたくさんいる以上,それは確実です。
しかしながら,発達に問題がある人の家庭環境を調べてみると片親が多い,という逆向きのことは事実としてはあります。逆向きの矢印,すなわち「発達に問題→片親」というところに有意な関係がある(全体の片親率と,問題ある人の片親率では,後者が有意に高くなる)ことは事実です。データはどこだったかな。探しておきますが……。
というか私自身のスクールカウンセラーとしてのわずかな臨床経験から言っても,不登校(ぎみ)の高校生のほぼ全員が片親ないし離婚協議中でした。まあたまたまということもありえますが,同じ高校ですからみんな社会階層も似ていたし,とにかくびっくりするほど判で押したような類似性があったことは事実です。
なので,ここは本当にデリケートな論点ですが,私自身はやはり片親より両親がベターということは言わなければならないと(今のところは)考えています。つまりは,親がどちらかを意識的に選択できる状況にあるならば,そうすべきだと(今のところは)提言したいということです。ただし片親だから必ずうまく育たないとは絶対に思いませんし,そういう考えは断固拒絶しなければいけません。やむを得ず片親になってしまう場合や,一方がとても問題ある人格だったりしてむしろ引き離した方がいい場合も多々あるでしょう。
フランスでは片親家庭への金銭的・精神的・法的サポートが非常に手厚いのは全く同感です。精神的という部分では,psy-とつく職業が4種類ありますでしょう。psychologiste(心理学者),psychothérapeute(サイコセラピスト),psychanalyste(精神分析家),psychiatre(精神科医)です。精神科に行くのが敷居が高かったら,セラピーや分析にいけばいいという感じみたいですね。日本では全部敷居高いですから,それに比べるととても楽な環境だと思います。
>逆向きの矢印,すなわち「発達に問題→片親」というところに有意な関係がある(全体の片親率と,問題ある人の片親率では,後者が有意に高くなる)ことは事実です。
ここの部分、フランスの移民と犯罪の関係を見ているようです。
私も個人的には子供は両親のある家庭、しかも両親の性が違う家庭で育つのが理想的と考えます。フランスでは子供より自分の人生優先の人が多いですがあまり同意できません。
> ここの部分、フランスの移民と犯罪の関係を見ているようです。
まさにそうですね。移民だからといって犯罪者とは限らない。しかし,犯罪者の中には移民が多い。移民だって好きで犯罪に手を染めるわけではないのですから,そこに構造的な要因(例えば雇用差別とか)があるということが言えると思います。
> 私も個人的には子供は両親のある家庭、しかも両親の性が違う家庭で育つのが理想的と考えます。フランスでは子供より自分の人生優先の人が多いですがあまり同意できません。
同感です。かといって日本のようなQuality of Lifeの著しく低い生活もどうかと思いますし。人間,何かをとるためには何かを犠牲にしないといけないのでしょう。このバランスが難しいですね。
こんにちは。ローマのNaokoです。この週末、娘のパパ(夫の事)のパパ友であるレオ君一家と一緒にパンフィリ公園で散歩をしました。レオ君のパパはイタリア人、ママはスウェーデン人です。その時、レオ君のパパから聞いた事でありますが、スウェーデンのメガ・組み立て家具ショップ、イケア(IKEA) では男性用のトイレにもオムツを替えるスペースを設けているそうです。イタリアではありえない事とえらくレオ君パパはえらく感銘。これは大変便利であるとレオ君のパパが喜んでいました。私も、ローマでおしめを交換できるスペースを設けている場所は子供を対象とした絵本ショップのみです(ここでは男女兼用のお手洗いです)。
スウェーデンではパパが外出先でオムツを替えるなんて、あたりまえであるという事が伺えました。パリではIKEAではなく、自国のHabitatの方が人気がありましたでしょうか? 全イタリアで9件程あり、ローマでも大人気で第2号店ができました。横浜でも来年あたりに日本第1号店として、IKEAが開店するそうですね。パリ、ロンドンでもヨーロッパの人の心をつかんだ、日本の印が無い事を商標にしている生活雑貨ブランドにとっては恐ろしい競争相手になると思います。IKEAの拡大化は北欧からのグローバライゼーションの面白い一例だと思います。北米オリジンのハンバーガー店経営企業を本のタイトルにして、社会学の文献としては珍しく一世を風靡したGeorge RitzerがIKEAやNokiaの事をどう分析しているのか興味深い所です。イケアの家具の品質は残念ながら、年々下がっている感じはしますが、組み立て家具、売り場ユニット、トイレスペース等、スウェーデンで始まった方式をパッケージとしてどこの国でもあてはめていっていますね。日本でも大当たりすると思います。日本では雨の日の子供とのお出かけガイドの本が売られ、複数の百貨店(今の若い関西人はもうこう呼ばないのかなぁ?)の比較調査等が紹介されていますが、百貨店に相当するお店がないヨーロッパ大陸では、IKEAは子供の為の雨の日の遊び場としてお薦めされる程、遊べるスペースが多く、食事のメニューが用意されてあります。
Buon giorno, Naokoさん。
IKEAですが,パリ近郊にはシャルル・ド・ゴール空港近くの郊外にしかなくて,車がないときついので私らは行ったことがありません。が,家具を買うとなるとみなそこで買っていたようです。それは端的に安いからです。HabitatとかConforamaとかは街中にあるのですが,やはり高い。で質においてIKEAと変わらない。ひとしなみに粗悪です(日本人の目から見て)。
IKEAが日本で成功するかどうか,私は微妙だと思います。日本市場は世界3大難しい市場で,なぜかというと非常に品質が高くないと消費者が受け入れないからです。日本では田舎の中小企業がとてもクオリティの高いものを作っていて,ヨーロッパの粗悪な工業製品とは比較になりません。中国製品も世界中で売られていますが,日本で売られている「中国製」と,フランスで売られている「中国製」のランクの差は段違いです。
ですので逆にMUJI(無印良品)のクオリティはIKEAの安さ(といっても日本ではそれほどでもない)くらいではびくともしないだろうと予想します。場所が日本なので輸送コストの点でもMUJIに有利・IKEAに逆風ですから。クオリティが高く,商品が多様で,かつ安いというユニクロ戦法が徹底できないと,日本IKEAもなかなか厳しいのではないでしょうか。最初はちょっと欧風なデザインで受け入れられると思いますが,飽きられたらおしまいなので次の戦略が要ります。
さて,本題の「男性用トイレにおむつ替えスペース」ですが,大分の「わさだタウン」にもありますよ。「パークプレイス」にもあるんじゃないでしょうか。あと身障者用の広いトイレに入るとちょっとした台がついていておむつ替えられたりとか。老舗では難しくても,新しい店舗ではそういうのを作るのが日本ではあたりまえになりつつあると思います。
これは現実に使われるかどうかとは別に,障害者に優しいとか,男女共働的意識のある企業だということの宣伝という意味合いが強いと思われます。郊外の敷地面積の広い量販店ではそういうスペースを作っても売り場が狭くなることはないですし。もちろん私はしばしば使いました。
日本ではトイレがどれだけ綺麗かは,その店の格を表したりもするので,おむつ替えスペースがあるからといって,日本で男性がおむつを替えるのがあたりまえ,とは残念ながら言えないですね。
パリではトイレ自体が店に1つあるかないかだし,身障者用のトイレはまず期待できないです(パリは身障者が暮らせるような街ではないですね)。ただしおむつ替えスペース(change-bébé)はたいてい子供服売り場にあります。
具体的にパリのデパートでは,ギャラリー・ラファイエットは整っているのでたぶんあると思います(ここ嫌いなのでよく知らない)。BHVにはあります(子どもの2段ベッド売り場の横)。ボン・マルシェにもあります(地下)。いずれも男女どちらでも使えるかたちだったと思います。
パリの方,どなたかレポートしていただけると助かるのですが。
はじめまして。興味深く読ませて頂きました。今回、私のブログで少子化の記事を書くにあたって、こちらのエントリーを参考にさせて頂き、またエントリー内で紹介させて頂きましたので、ご報告にあがりました。少子化の何が問題なのか、という基本的な疑問を持ちつつ、「国家が少子化対策をすること自体に対する,ありうべき反論」をとても楽しみにしております。