日本語の「は」と「が」の違い
日本語の「は」と「が」はきっちり違う。先日から論理学な話をロンリー(©内井惣七?)にやっているが,今日はこれを論理学的に攻略してみたい(別に私は論理学の専門家じゃないのだが)。
禿しくガイシュツの可能性もあると思われググッてみたが(やめろよその口調),ともかくよくわからないという意見が多いようだ。
しかもこのリンクの何やら専門的な説明も,ハズレとは全く思わないが,場合分けがたいへんな割にうまくいってる感じがしない。
というわけでネット上にはさわやかな説明がどうやらないようである。明解な説明を発見された方はこちらまで通報してたもれ。
使用法のレベルで場合分けをいろいろとするのは文法学的にはまあ仕方ないといえば仕方ないのであるが,もっと原理的なレベルで考えてみようぞ(ああ,キャラが緩んできた)。だいたいそんなに複雑かなぁ。もっと直観的な把握がありうるはず。とまとめてみた。
いつものように,もし間違っていたらご一報を。
▼主述の関係を表すには,「は」が基本。
(例1)私は,中野です。
(例2)石原慎太郎は,太陽族である。
(例3)現在のアメリカ大統領は,ブッシュである。
あなたの目の前にいる「私」,そいつは中野という名前である。
石原慎太郎という特定の人物がいて,そいつは太陽族である。
現在のアメリカ大統領がいるとすれば,そいつはブッシュという名前である。
いずれの場合も(別に言明の中身はホントのことでなくてオッケー),
xはFという性質をもつ
というわけで
F(x)
と書けるタイプの文である。「性質」(属性)とか言ったけれども,まず「ある性質を満たすものの集合」(述語側ね)を考えて,主語がそれに含まれるか含まれないか,を考える考え方もある。同じことだ。つまりは上の例はすべて「xは集合Fの要素である」ということを自然言語で言う言い方なわけである。なお例3などは多少引っかかりがあると思うが,「アメリカ大統領は,ブッシュという名前をもつという性質を満たしている」と読むとよい。
ともかくここでの要点は,主語概念よりも述語概念の方が広い,ということだ。
▼逆に,「が」はどうかというと,
(例1’)私が,[昨日お電話した]中野です。
(例2’)石原慎太郎が,[現存する唯一の]太陽族である。
(例3’)ブッシュが,現在のアメリカ大統領である。
というように,述語概念が十分に(1つとかに)絞られている場合に使うのだ(だから,外国人にとっての「は」と「が」の違いの難しさは,日本人にとっての英語の定冠詞「the」の難しさに通ずるとの指摘もある)。
例1では「私」は「中野」という名前をもてば誰でもよい(発言できる)のに,例1’では,特定の中野でなくてはならない(でないと文が不自然になる)。
例2’でも,真偽は知らないが太陽族のほうを絞らないと文が自然にならない。
例3’にいたっては,主述を逆にしないと自然な文が作りにくい(いやまあ,無理やりやれば作れるけど。つまりとても特殊な文脈なら使えなくはないが)。
と考えるとはっきりしてるでしょ。言い換えると,「AはBだ」は「A⊂B」と書けるが,「A[こそ]がB[なの]だ」はむしろ逆で,「A⊃B」(もしくは大部分は「A⇔B」)なのである(これは例3-3’が主述を逆にしている点に表れている)。たぶん。少なくとも基本的には。だから,文の発話によって伝えたい情報は「は」の場合には述語にあるのに対し,「が」の場合は主語にあることになる。上に挙げた日本語~FAQの「既知」とか「未知」という説明は,この構造に対応しているのだろう。結局,「が」の場合は,そのままでは(よーく考えてからでないと)
F(x)
という形式では書けないのである。
なお,「複文」というややこしいタイプの文が日本語にはある。
(例)象は鼻が長い
(例)私はチョコレートが好きです。
というやつである。まあこれについては読者自身でちょっと考えてみていただきたい。分解するだけのことだが。
▼さてさて,なぜこの記事が「時事」のカテゴリーに入っているのか。それは,例の発言を取り上げたいからである。つまり……
(a)自衛隊の活動地域は,非戦闘地域だ
(b)自衛隊の活動地域が,非戦闘地域だ
というやつだ。
当初,私は小泉首相が(a)の発言をした,と聞いて「ふ~ん」と思ったものである。だってそれくらい言いそうなことではないか。自衛隊の活動地域,すなわちサマワという場所。そこの状況が「非戦闘地域」と定義される範囲内に収まっているという認識である。その数日前にもそんな発言はあったし。まあこれはこれで問題あるが,彼なら言いかねない。というわけで驚かず,記事の内容もろくに読まなかった私である。
しかしながら,いろんな人が騒いでいるのでどうもそういう趣旨ではないのではないかもと思いはじめた。もしかして,(b)と発言したのでは? そう思った私は,記事を読み直そうとさっそくググるのであった。
【自衛隊イラク派遣】「活動している地域は非戦闘地域」 小泉首相が答弁(朝日)
党首討論:「自衛隊が活動する地域は非戦闘地域」 首相(毎日)
朝日と毎日は「は」を使っている。しかし,おお,何ということだ,もしこの発言が「イラク特措法の『非戦闘地域』の定義を問われ,かわしたものだった」(毎日)とするならば,ここは「が」とするのが正しいのである(ていうか冗長性がなくコンパクトだ)。だから次の日経の記者の言語感覚の方が優れている。タイトルというものは,短くて情報を過不足なく伝えるものがいいからね。
首相は,苦し紛れの言い逃れにせよ,「自衛隊が活動している地域」をもって「非戦闘地域」と呼ぼう(「定義」しよう),というのである。こ,これはご無体な。へなへなへな。ちなみにこの場合あえて「は」を使うなら
非戦闘地域[と]は,自衛隊が活動している地域である。
と言わないと。
う~ん。ひどい。じゃあ自衛隊は世界中どこでも好きなところに行けるじゃないか!!
そんな自由な。そんな神出鬼没な。
このことに気づいてまず思ったことは,岡田さん何やってんの,もっとちゃんと突っ込まなきゃ,ということである。まあ,あまりのことに虚を突かれたことだろうとは思うが……。でも4回も言ったらしいから,やっぱり突っ込まないとダメでしょう。日経によると「論理が逆立ちしている」という野次もあったという。気づく人はパッと気づくよねぇ。
追記 le 30 novembre 2004
毎日の別記事を見つけた。こちらのタイトルはバッチリだろう。
党首討論:非戦闘地域の定義は「自衛隊が活動する地域」--小泉首相
でもこういう新聞記事へのリンクは一定期間たつと切れてしまうのである。どうしたらいいものかな。
ディスカッション
コメント一覧
「自衛隊の活動する場所が非戦闘地域だ」というはちゃめちゃな屁理屈はとても暴力的に思えましたが、岡田さんの詰めも甘かったようですね。ただ、私も、同じような低レベルの屁理屈を時々学生から言われていまして、どうしたものかと考えています。「おまえら、この二つのレポート内容全く一緒だから、評価できないよ」という私に対し「僕たち、野球部だから、同じような体験しているんです」ときて、さらに私が、「でも、おまえら、高校ちがうじゃん」(彼らは高校の野球部での体験を書いている)と私が返すと、「でも大学は一緒です」と来た。ここでずっこけて、返す言葉を失ってしまったのです。これでは、私の負けなんですね。で、相手のはちゃめちゃな屁理屈を出発点として、相手を論理矛盾へと陥らせる技を磨くべきだという結論に達しました。
小泉総理発言も戻ると、こう切り返してはどうでしょうか。「自衛隊の活動する場所が非戦闘地域。アメリカが活動する場所が、戦闘地域と言えるとすれば、じゃあ、自衛隊とアメリカ軍が一緒に活動できる場所は戦闘地域か非戦闘地域か」など。
野球部のバカに対しては、「じゃあ、評価も一緒だね」と笑顔で返しておくべきでした。
これは報道の方が間違っています.会議録をご覧下さい.
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kaigirok/daily/select0113/161/16111100052002a.html
───引用───
○内閣総理大臣(小泉純一郎君) それは、将来のことを一〇〇%見通すことはできません。非戦闘地域でなくなった場合には、これは自衛隊は特措法に基づいて撤退しなきゃならない。しかし、特措法についての定義上何かと問われたから、自衛隊の活動している地域は非戦闘地域である。これは法律の趣旨なんです。将来、組織的、計画的、継続的に戦闘が行われるかどうか、これは将来、はっきり一〇〇%、いつどうなるかというのをこの際断言することはできません。しかし、はっきり申し上げますが、自衛隊が活動している地域は非戦闘地域、これがイラク特措法の趣旨なんです。
○岡田克也君 まあ、まともに議論する気がだんだんなくなっていくんですが
───引用終わり───
報道機関はこういった捏造をするだけでなく,文脈を無視して言葉尻をあげつらう物だ,と言う事が多くのブログで指摘されています.
歯医者の武内です。偶然 中野さんのページを見つけました。びっくりさせたかも。申し訳ありません。昨日までパリにいました。知人が個展を開いています。フランスに30年以上住み着いている日本人です。よければ見てあげてください。松谷さんという作家です。具体のメンバーでした。
galerie guislain
35, rue Guenegaud
tel 01 53 10 15 75 です。
サンジェルマン デプレ にあります。
突然の乱入お許しください。
失礼しました。
武内健二郎
筑摩屋松坊堂氏のコメントはいかがなものかと。
非戦闘地域とはどこかとの質問に、
「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域、これがイラク特措法の趣旨なんです。 」
と答えているのですから、
「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域」と総理が答弁したと報道するのは事実その通りでしょう。
ま、いずれにしても総理の思考停止ぶりは極限に達しています。こんな男にまだ40%も支持があるだなんて、正直、信じられません。
総理よりも、総理を支持している国民になにか問題があるのではないだろうか。
高橋さん,コメントありがとうございました。別エントリーに書いたように,松坊堂さんのおっしゃることの意味はわかるのですけどね。要はこの一文字を換えることが,首相の真意をねじ曲げるかどうかだということでしょう。私はねじ曲がらないと思います。
小泉首相がこれほどまでに対米追従にこだわる理由は,われわれ国民にはなかなか明らかになりませんが,きっと何か理由があるのでしょう。霞が関のエリート官僚になった友人がかつて言っていましたが,やはり役所が握っている情報量はわれわれとは絶対的に違うらしいです。国民は蚊帳の外というわけですね。
それでも政府には説明責任がありますから,そんなものかとあきらめずに,筋の通らないことには疑問の声を上げていくべきだと思います。われわれの政府ですからね。