日本語の「は」と「が」の違い(2)

2022年11月9日

先日の「は」と「が」の違いについての記事にいくつかコメントをいただいた。それについてつらつら考えるに,前記事に少し補足したいことが出てきた。コメント欄で答えるには長いので新たにエントリーを作ろうと思う。

筑摩屋松坊堂さんという方のコメント,一読して趣旨が取れなかったのだが,ブログの方を拝読して問題にされていることがわかった。なるほど。おっしゃる要点は,「実際のやりとりのなかでは『は』としか首相は言っていないのに,『が』に置き換えている新聞記事は捏造記事である」ということであろうと思う。

うーん。これはいい質問(ちがうか)である。

ある意味,この方は「は」と「が」ははっきり違うということを前提とされているわけで,その点では共感できる部分もある。もし私の記事でそのことに気づかれたのだとしたら,望外の喜びとまずは言うべきである。

ただこの件についての私の回答(ちがうのに)は,もちろん議事録本文も全部読んでみたが,残念ながら「これは捏造とは言えない」である。簡単に言うと,要するに国語の時間に習うように「文字どおり読むことだけが能じゃない」ということだ。松坊堂さんもまさにおっしゃるように,前後の文脈が肝心であって,「(本人の意図として)言わんとすること」や,「(本人の意図とは離れて)言ってしまっていること」も総合的に受け取らないとダメである。

▼具体的に見るとこの場合,まず岡田さんは「イラク特措法における非戦闘地域の定義を言ってください」と尋ねている。これに小泉さんは「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域なんです」と答えている。このやりとりは明らかにちぐはぐであるが,2つの解釈が可能である(これ以外にはたぶんないと思う)。

1. 小泉さんは質問に答え,非戦闘地域の定義として「自衛隊が活動している地域」と言っている。
2. 小泉さんは質問に答えず,意味のない回答をしている。

多くの新聞は,「は」を使っているメディアも含めて,1.の解釈に立っている。だからこそ問題になっているわけだが,もしこちらの解釈が正しい(小泉さんの発言は「定義」(=語義を1つに絞ること)である)とすると,先日の記事に書いたように

「非戦闘地域とは,自衛隊が活動している地域である」
「自衛隊が活動している地域が,非戦闘地域である」

という2つの書き方が,最も冗長性と曖昧さの少ないよい表現である。だから日経の記者は気を利かせて,首相の意を汲み,より正確な表現に置き換えただけだということになる(彼らの仕事は「そのまま書くこと」ではなくて「要約すること」なのだから)。

他方,松坊堂さんのおっしゃるように,もしこの助詞を変更することで本来の趣旨が損なわれるとするなら,われわれは2.の解釈に立つことになる。つまりこれは定義を答えているのではなく(「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域である」だと,「非戦闘地域」の「定義」にはなりえない!)自身の演説をしているだけ,要するに単なる苦し紛れ,という。この可能性も高そうだが,となるとこれはこれで問題のある答弁であることは動かない。「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域なんだ!」と何度も強調しておきながら,「非戦闘地域」の定義を言えない(小難しく言うと,述語の外延を決められない,ということ)というのでは,この文全体が空疎なものになる(「自衛隊が活動している地域は,何とも言えん地域である」?)。岡田さんはこっちへ,つまり「ほら,言えてないじゃないか」と攻めようとしたようである。まあそれもわかるが。

というか,仮にこちら(2.)のほうが正解だったとしても,「非戦闘地域」の内容が積極的に何も言えていない以上,やはり「それは自衛隊が活動している地域」としか首相は言っていないことになる,と受け取る側は捉えるほかないのではないか。空疎な内容と強い語気。これはまさにトートロジー(同義語反復)にふさわしい。多くの人にとって,「自衛隊が活動する地域は非戦闘地域である,これがイラク特措法の趣旨なんです」という小泉さんの強い言葉は,(「それはまずいんじゃない?」という印象とともに)結果的に1.と読めてしまうのは,だから,やはり無理もないところなのである。

いずれにせよ,このケースで「は」を「が」と書くことは,「捏造」と呼べるような大層な話ではないのだ。言っている内容的には「が」のほうが限りなく正解に近いのだから。

▼なお,イラク特措法の文言も確認したが,この中に「非戦闘地域」というものの定義は特に書かれていない。首相の言う「自衛隊が活動している地域」は,この文言の中のおそらく「人道復興支援活動又は安全確保支援活動」(ひっくるめて「対応措置」と呼ぶ)が行われる地域,というのに対応し,その対応措置が行われるべき地域というのは,「我が国領域及び現に戦闘行為(……)が行われておらず,かつ,そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる……地域」と言われている。岡田さんが言ったとおりである。

ところで議事録から見るに,岡田さんは,小泉さんがまずこれをちゃんと答えることを想定したそのうえで,「サマワで今後1年間戦闘行為が起こらないという根拠はどこにあるのか」を問い質したかったのである。ところがそこに行くまでに小泉側で勝手にコケているので,まったくもって調子狂っちゃっているのである。

また「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域である」という小泉さんの言う「趣旨」は文言上からは確認できない。が,「対応措置を実施する区域」すなわち「実施区域」は,防衛庁長官が決められることになっている。おそらくだが,いざとなれば自衛隊をどこにでも動かせるようこの法案が作られたのは本当ではあろう。その点小泉さんは正直だったと言えるかもしれない。こういうのがフロイト的「言い間違い」(Freudian slip)というやつである。しかもあとで,「いい答弁だった」とか言って自画自賛している。無理しちゃって。本気でそうは思ってないはずだ。彼もバカじゃないんだから。

小泉さん側としては,「戦闘地域」も「非戦闘地域」も本来テクニカルタームではない(法律上定義のはっきりしたものではない)のだから,いっそつじつまのあうように自分で適当に考えて言えばよかったのにね。単純に「まさに戦闘が起こっていない地域が非戦闘地域です」くらいに。で「サマワはそれに該当します」で何とかかわせそうだが,無理かな?

うーん,しかしまあ,全体としてどうでもいいような話ではあるなあ。首相個人がどう言ったかとかはなぁ。いや問題なのは問題なのだが,言った言わないで揉めてる局面でもないのですよねぇ。人が死んでるのに……。