「3・11以降、日本人は大きな謎を解くための旅をしている」
矢部宏治さんの『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル)を読みました。このエントリーのタイトルは、その著者・矢部さんの言葉です。
ものすごくいろいろな謎が解けてすっきりする、しかし暗澹とした気持ちになる、しかし最後には希望の光が見える本です。この本はぜひ皆さんお読みください。始めに言っておきますが、私はこの本に1点だけ異論があります。しかし結論にはまったく同意できます。
ここで細々と中身を説明する気はないので、代わりにIWJの岩上安身さんによるインタヴューがありますのでご紹介します。
- 2014/10/13 「戦後再発見双書」プロデューサーが語る、日米関係に隠された「闇の奥」~岩上安身による『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』著者・矢部宏治氏インタビュー
- 2014/11/02 国際社会の「敵国」であることを自ら望む日本の病 ~岩上安身による『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』著者・矢部宏治氏インタビュー第2弾
第2弾のほうで出てきますが、私の異論は日本国憲法の成立過程についてです。矢部さんは「書いた」という言葉の定義ないしニュアンスについて配慮しながらも、日本国憲法の草案はアメリカ(GHQ)が「書いた」ものである、と断じています。当時のGHQ民政局次長のケーディスに会ったというのがその確信の根拠になっているようです。最近この問題について研究している私としては、いわゆる「押しつけ憲法論」と同じ結論というのは、あまりにも乱暴すぎるなぁ、というか鈴木安蔵とか森戸辰男とか気の毒すぎる〜という感想です。
ちなみに奇妙なことに、この本には憲法9条の発案者説もある幣原喜重郎についての言及がありません。人間宣言は英文で起草されたのだということが指摘されていますが、実は英文で起草したのは幣原ですよ。アメリカ人ではありません。GHQ草案とは逆に、アイディアはアメリカ人で書いたのが日本人です。これは誰が「書いた」ことになるんでしょう。まあ、複雑な事情ということで、どっちとも言いがたいというか、どっちも正解であるという話ではあります。
歴史というのは多面体です。どう解釈するか、それはまあいろんな解釈がありえます。いずれにせよ、だから改憲すべきとかすべきでないとかの根拠には、ならないのではないかな、ということです。