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	<title>社会分析学ウェブサイト @中野昌宏研究室</title>
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	<description>青山学院大学 総合文化政策学部（SCCS）から投げる直球。</description>
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		<title>2011年度 中野ゼミ卒業論文題目一覧</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2012/01/21/121858/</link>
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		<pubDate>Sat, 21 Jan 2012 03:18:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野昌宏</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑文]]></category>
		<category><![CDATA[卒論]]></category>

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		<description><![CDATA[今年度の卒業論文です。便宜的に人文系，社会系，その境界領域と分類してみました。うちのゼミは境界領域が本領なんでしょうけどね。 【人文系】 千利休と「わび」――茶の湯という形式に込められた日本的美意識 「声」に対する発話者 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>今年度の卒業論文です。便宜的に人文系，社会系，その境界領域と分類してみました。うちのゼミは境界領域が本領なんでしょうけどね。</p>
				<p>【人文系】</p>
				<ul>
				<li>千利休と「わび」――茶の湯という形式に込められた日本的美意識</li>
				<li>「声」に対する発話者の自己評価と聴取者の印象との齟齬について</li>
				<li>ハリー・ポッターの魅力の源泉――エディプス・コンプレックスの観点からの分析</li>
				<li>笑いの理論と分類に基づく漫才分析――2008〜2010年度『M-1グランプリ』のネタを題材に</li>
				</ul>
				<p>【人・社境界領域】</p>
				<ul>
				<li>オウム真理教――エリート集団が入信した共通する要因とは</li>
				<li>ドラえもんの受容度にみる文化的差異――なぜアメリカでは受容されないのか</li>
				<li>人はなぜ衝動買いをするのか――合理的とは言えない消費者の心理</li>
				</ul>
				<p>【社会系】</p>
				<ul>
				<li>うどんブームに伴う香川県の観光振興</li>
				<li>格差社会と教育のあり方――日本の未来のための提言</li>
				<li>家族の構造改革とそれを超える共同体――「シェア住居」によるつながりの再構築に向けて</li>
				<li>日本におけるキャラクタービジネスの勃興と展開</li>
				</ul>
				<p>私にとって青学初の卒業生ということで，感慨もひとしおです。これで総合文化政策学部も「完成」を迎えます（卒業生を出して初めて「完成」と認められることになります）。</p>
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		<item>
		<title>「卒論三段論法」について</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2011/12/13/222405/</link>
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		<pubDate>Tue, 13 Dec 2011 13:24:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野昌宏</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[卒論]]></category>

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		<description><![CDATA[卒論の締切が近づいてきました。 見たくもないと思いますが，このサイトの右下のほうに「卒論三段論法」を追加しておきました。 開けるたびに残り日数が計算されます。 これで自分を追い込んでください。 Good luck!]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>卒論の締切が近づいてきました。<br />
				見たくもないと思いますが，このサイトの右下のほうに「卒論三段論法」を追加しておきました。<br />
				開けるたびに残り日数が計算されます。</p>
				<p>これで自分を追い込んでください。<br />
				Good luck! </p>
]]></content:encoded>
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		<title>細野大臣にメールしてみたYO!</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2011/10/17/015222/</link>
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		<pubDate>Sun, 16 Oct 2011 16:52:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野昌宏</dc:creator>
				<category><![CDATA[時事]]></category>

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		<description><![CDATA[細野豪志原発担当／環境大臣にメールしてみました。彼のHPの問い合わせフォームから。ちょっと甘いかなとは思いつつも，こんな感じで。 汚染瓦礫拡散につき，再考をお願いします 細野大臣， はじめまして，青山学院大学総合文化政策 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>細野豪志原発担当／環境大臣にメールしてみました。<a href="http://goshi.org/contact/" title="ご意見・お問合せ - 細野豪志ホームページ" target="_blank">彼のHPの問い合わせフォーム</a>から。ちょっと甘いかなとは思いつつも，こんな感じで。</p>
				<h3>汚染瓦礫拡散につき，再考をお願いします</h3>
				<p>細野大臣，</p>
				<p>はじめまして，青山学院大学総合文化政策学部の中野昌宏と申します。</p>
				<p>単刀直入に申します。「国民全体で痛みを分かち合う」とのお考えですが，汚染された瓦礫を全国に拡散させる方針は間違っていると私は考えます。</p>
				<p>今回原発事故によって日本の国土の一部，特に福島県などが甚大な被害を受けました。大臣のおっしゃる「痛みを分かち合う」とは，すなわち瓦礫や農作物を全国に拡散させることは，当初の事故による被害をこれから長期間にわたって日本国中に拡大していくことを意味するだけです。大臣は「これからも被害を拡大させます」とおっしゃっているのです。<span id="more-1538"></span>なぜなら，この「分かち合い」によって，他地域の人々の被害は純増するのに，福島の人々の被害は劇的には軽減されないからです。より正確に言えば，瓦礫処理の負担は軽減されるでしょうが，放射能汚染による健康被害については，線量があまりにも高いために，少しばかり瓦礫をどけようと莫大な費用かけて除染をしようと「焼け石に水」でしょう。</p>
				<p>「除染なくして，福島の復興なし」。それはそうでしょうが，事態を楽観視されすぎているように思います。チェルノブイリでも最終的に除染はあきらめられたのでした。きちんとやろうとすれば山の木をすべて切る，表土もかなり深くまで取り除くなど天文学的な費用がかかりますし（もっと早く取りかかっていればより容易だったはずですが……），しかもそれに見合った効果は保証できないはずです。あくまで「そこに人が住む以上はやったほうがよい」ということであって，それならばむしろ移住させてしまうことのほうが安上がりかつ効果大ではないでしょうか。</p>
				<p>ともかく日本国内の福島以外の場所に潤沢に安全地帯があることが，福島など高線量地域の人々を最大限（原理的には全員）助けることができる前提条件なのであって，汚染を拡大することで日本全国から安全地帯を完全になくしてしまう政策というのは，誰をも助けない，はっきり間違った政策だと私は思います。</p>
				<p>国民の健康被害と，国土の汚染は，密接ではあれ別次元のものです。瓦礫や農作物など，基本的に汚染されたものは移動すべきではなく（法律どおりに），むしろ国民を安全な地域に避難させるべきというのが正論であり，それは多くの人がすでに主張していることです。除染にかけるほどの高額の予算があるなら，事故発生から7ヶ月も経っているのに，どうして国が責任をもって人々を避難させてやれないのか，どうして福島の農家の農作物汚染被害を補償しないのか，理解に苦しみます。</p>
				<p>「経済」を重視する方々もおられますが，もしも放射能汚染によって国民の健康が損なわれ，10年先の労働人口が従来予想以上に減少してしまっては，「経済」にとっても大打撃でしょう。そればかりか，がんや白血病や心臓病などで長期の闘病生活を強いられる人々が多くなれば，国民健康保険も医療システム全体も確実に破綻します。人々を，特に子どもたち＝次世代の国民を大事にしないで「経済」を云々するなどとは，単に近視眼的であるという以上に，端的に矛盾なのです。</p>
				<p>福島の土地は除染しきれないほど汚染されてしまいました。しかしかろうじて，福島の人々を助けることはまだ可能です。避難・移住はもちろんそれはそれで悲劇ですが，人間に命があれば，人が生きていれば復興も夢ではありません。しかし，ここで放射能の危険性を過小評価しあるいはなかったことにして，危険地域の人々を危険なその場に留めつつ，汚染されたものを安全地域に移動していけば，じわじわと全国の多くの命を（つまり労働力を，そして国力を）蝕むことになるかもしれないのです。そうなったら「経済」も，決して浮かび上がれなくなります。</p>
				<p>これ以上被害を拡大しないでください。国民が「分かち合う」べき「痛み」とは比喩であるべきで，本物の身体の痛みを，病気や死を，日本全国に広めるのをどうかストップさせてください。期待をしておりますのでこうして苦言を申しております。この件につきぜひご再考をお願いいたします。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>プロパガンダの研究</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2011/10/14/100826/</link>
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		<pubDate>Fri, 14 Oct 2011 01:08:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野昌宏</dc:creator>
				<category><![CDATA[研究]]></category>

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		<description><![CDATA[プロパガンダ［新版］ 著者等：エドワード・バーネイズ 出版社：成甲書房（2010-10-05） 単行本（240ページ） 最近の研究テーマとして，「プロパガンダ」というのが私のホットな関心事である。 もちろん，原発〜放射能 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<div style="margin: 0pt 22pt;"><div class="tmkm-amazon-view">
					<p><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%91%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80%EF%BC%BB%E6%96%B0%E7%89%88%EF%BC%BD-%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%82%A4%E3%82%BA/dp/4880862681%3FSubscriptionId%3DAKIAJPPI3T2XJ3FJAIMA%26tag%3Dnakanolab-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4880862681" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41gG7looj%2BL._SL160_.jpg" border="0" alt="" /></a></p>
					<p><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%91%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80%EF%BC%BB%E6%96%B0%E7%89%88%EF%BC%BD-%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%82%A4%E3%82%BA/dp/4880862681%3FSubscriptionId%3DAKIAJPPI3T2XJ3FJAIMA%26tag%3Dnakanolab-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4880862681" target="_blank">プロパガンダ［新版］</a></p>
					<p><em>著者等：</em>エドワード・バーネイズ</p>
					<p><em>出版社：</em>成甲書房（2010-10-05）</p>
					<p>単行本（240ページ）</p>
				<hr class="tmkm-amazon-clear" /></div></div>
				<p>最近の研究テーマとして，「プロパガンダ」というのが私のホットな関心事である。</p>
				<p>もちろん，原発〜放射能災害をめぐる政府−メディアの情報統制ぶりに頭に来ているのが直接の原因ではある。</p>
				<p>エドワード・バーネイズ『プロパガンダ』（1928）という古典を見つけた。バーネイズという苗字に見覚えがあったが，これは実にフロイトの妻の苗字ベルナイスの英語読みである。実はエドワードは，ジクムント・フロイトの甥にあたるのだという。恥ずかしながら，これはいままで知らなかった。</p>
				<p>「広告の父」とも呼ばれるバーネイズは，したがってもちろんユダヤ人である。そのユダヤ人が，あえてネガティヴイメージのついてしまった「プロパガンダ」なる言葉を復権すべく，その必要性と各種手法について述べている。そして皮肉なのは，この書をゲッペルスらが修得し，活用してしまったことである。もちろん周知のとおり，ヒトラーの『我が闘争』（1925-26）にも，さまざまなプロパガンダ手法が記されている。わずかにヒトラーのほうが先だが，時期的に重なっているのが示唆的である。</p>
				<p>この古典に示された手法が現代にどの程度まで通用するものなのか，興味深い。案外，新しい手法など開発されていないのではないだろうか。</p>
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		<item>
		<title>「風評被害」という詭弁</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2011/09/30/215127/</link>
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		<pubDate>Fri, 30 Sep 2011 12:51:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野昌宏</dc:creator>
				<category><![CDATA[時事]]></category>

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		<description><![CDATA[3.11東日本大震災からはや半年が経とうとしている。この間，レポートの採点に手間取ったことや，家族の事情などがあり，このブログもずいぶんご無沙汰になってしまった。 地震と津波もさることながら，福島第一原発の事故はチェルノ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><a href="http://cerea.enpc.fr/en/fukushima.html"><img alt="" src="http://cerea.enpc.fr/HomePages/bocquet/Doc/cumulated_total_deposition_ground_fukushima.png" title="Map of ground deposition of caesium-137 for the Chernobyl accident " class="alignnone" width="430" /></a>3.11東日本大震災からはや半年が経とうとしている。この間，レポートの採点に手間取ったことや，家族の事情などがあり，このブログもずいぶんご無沙汰になってしまった。</p>
				<p>地震と津波もさることながら，福島第一原発の事故はチェルノブイリを超える世界史上最大の災害となってしまった。自然災害としての地震と津波があまりに大きかったので，原発事故も「想定外」である，しかたがなかったと言う人々もいるが，各方面から指摘のあるように人災の側面も大きい。私は事故そのものよりも，東京電力や政府の事故後の対処こそが，世界史上最悪のものだと思っている。<br />
				<span id="more-1459"></span><br />
				本当ならば福島での直接の事故処理と同時に，SPEEDIのデータを速やかに活用し，何がどれくらい危険なのかを見定め国民に開示し，可能な方策をテキパキととるのが当然だ。ところが菅政権は，国民に正しい情報を伝えるどころか，メルトダウンはしていないだとか，福島には20年は住めないと言った審議官を更迭するとか，子どもでも年間20mSv（ミリシーベルト）までの被曝なら大丈夫だとか，とにかく被害を過小評価することに躍起になってきた。国民がパニックになるのを恐れたというが，支配層のこういう挙動を「エリート・パニック」と呼ぶ。エリートの方こそがむしろパニックに陥っている状態，ということだ。</p>
				<p>「情報化社会」という言葉すら陳腐に響く21世紀に，国民に被害の実情を隠し通すというようなことができるのか，と思ってしまうが，実際どうだろう。政府が急に持ち出した「暫定基準値」は，世界中が驚くような高水準で，われわれの飲み水よりも原発の排水の規制値の方が厳しいというありさまだ。食品に含まれるであろう放射性セシウムについては500Bq（ベクレル）/kgまでが許容されることになるが，この値はチェルノブイリを経験したベラルーシ（37Bq/kg）の10数倍，世界で最も厳しいドイツの乳幼児基準（4Bq/kg）の実に125倍である。こんな値を設定したということは，それ自体ひどいことなのであるが，もっとひどいことは，それくらい汚染された農作物がけっこう出るだろうと政府が考えたうえで，それを国民に隠してしれっと流通させようと考えたということである。この国民の棄て方は，ほとんど北朝鮮に等しい。</p>
				<p>原子力災害によって被害が出た場合には，「原子力事業者」が補償をすべしと法律には定められている。すなわち，今回の補償の主体は東京電力である。作物が汚染され，売れなくなったという生産者にも，東京電力が速やかに全面的に補償すべきである。にもかかわらず，消費者が汚染作物を購入しないことを，「風評被害」と言い募り，善良な消費者をデマに惑わされた者，被災地の苦悩に思いをいたさない冷血漢，つまりは悪者に仕立てようとしている。が，このようなレトリックには絶対に騙されてはいけない。</p>
				<p>▶さてこのエントリーの言いたいことは，タイトルのとおり，「風評被害」という表現は，典型的な詭弁であるということである。</p>
				<p>「風評被害」という語の本義は，「本当はそうではないのに，事実無根の噂で」被害を受ける／及ぼすことだろう。「風評」かどうかは，未来において結論が出て――健康被害が顕在化するとか，逆に取り越し苦労だったことが判明するなど結果が出て――はじめて言えることなのに，「風評被害」を言う人は，その検証もなく「とにかく安全だ」という断定を前提としている。これを伝統的論理学では「petitio principii」（訳：「先決問題要求の虚偽」とか「論点先取の虚偽」）という。</p>
				<p>自分が正しいと前提しておいて，自分が言うんだから正しい，という類の詭弁である。こんなの詭弁というまでもなく誰も信じるようなものではない。どこでだったら自衛隊が活動してよいのか，を聞かれているのに「自衛隊が活動しているところが，非戦闘地域である」と言い放った某も，当時問題になった。これは循環論法になってしまうのだ。非戦闘地域でのみ活動できるのが自衛隊なのだから。</p>
				<p>データが存在しないということを正確に言い直せば，それは「危険か，危険でないか，わからない」ということである。「危険かどうかわからないもの」とは「危険である可能性のあるもの」「安全が確認されていないもの」のことであり，それを人々が避けるのは，誰が何と言おうと，自然なこと，根拠のあることである。それはけっして「風評」などではなく，通常の「リスク管理」ということでしかない。</p>
				<p>▶「差別」も同様だ。たとえば福島県から来た人や，福島県の生産物を「根拠がないのに」忌避するなどの行為が差別にあたるだろう。しかし人々が避けたいのは福島県民や福島県産品ではなく，放射性物質である。福島県から来た人の服や車に放射性物質がついている可能性は高い。ついていない可能性もあるがそんなことは見ただけではわからない。調べないとわからない。だからその人が福島県のほうから来たという事実をもって，人はどうするかを判断せざるをえない。</p>
				<p>つまりは，調べてもいないのに「本当は大丈夫」という前提をすべりこませているから，それが「差別」とラベリングされるのである。</p>
				<p>調べていないのに安全だとわかるようなら誰も苦労はしない。危険を回避するためには，あるいはリスクを計算するためには，何事もまずは調べることが先決である。調べても数値を出してもいないのに「風評被害だ」「差別だ」という人やメディアは，意図しているか否かにかかわらず，政治的発言をしているのだ。</p>
				<p>少なくとも3.11以降今日に至るまで，「風評被害」「差別」という言葉には真実がない。それは善意の意匠をまとった醜悪なレトリックにすぎない。「地獄への道は善意で舗装されている」。騙されてこの言葉を口にする人を別として，こんな言葉を発する者を信用する必要はないだろう。その意味でこの言葉はよいリトマス試験紙となる。</p>
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		<item>
		<title>講演会「精神分析の射程」終了</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2011/02/24/234733/</link>
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		<pubDate>Thu, 24 Feb 2011 14:47:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野昌宏</dc:creator>
				<category><![CDATA[研究]]></category>
		<category><![CDATA[雑文]]></category>

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		<description><![CDATA[布施哲先生のお世話で，名古屋大学での講演会「精神分析の射程――後期資本主義社会のメディア、文化、イデオロギー」にお招きいただきました。ご来場の皆さまありがとうございました。 京大の立木康介先生は，現在の日本のラカニアンと [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><a href="http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/events/2011/2011-3.pdf"><img src="http://socioanalysis.net/wp-content/uploads/2011-3_m.png" alt="" title="精神分析の射程" width="142" height="200" class="alignleft size-full wp-image-1399" /></a>布施哲先生のお世話で，名古屋大学での講演会「<a href="http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/events/2011/2011-3.pdf">精神分析の射程――後期資本主義社会のメディア、文化、イデオロギー</a>」にお招きいただきました。ご来場の皆さまありがとうございました。</p>
				<p>京大の立木康介先生は，現在の日本のラカニアンとしてはトップクラスの位置にいる俊英です。私とは出身大学院が同じ，研究室が隣（間宮研究室−新宮研究室），年齢が同じという関係でした。それでもなぜか最近までほとんど交流なし。共著は1冊ありましたけど。先日のラカン協会でご一緒したときに布施先生からお声がかかり，2度目の共演という運びでした。立木先生のお話は，私とはアプローチが違うけどルーツは同じということで，続く私はそこにうまく被せてそこそこいい感じにオチをつけることができ，助かりました。</p>
				<p>私は「資本のトリック／レトリック」という題で話しました。この内容はいずれ文字にしたいと思うのですが，まあこれを単発ものとして文字にするというよりは，比較的一般向けの本を書こうとしています。どうも遅筆のせいで編集者の方々にご迷惑をかけてきた日々なのですが，そろそろ新学部も完成だし，いいおっさんになってきたんだし，書きますよ！　ほんとは書くの好きなんだから！　雑事に追われてできなかっただけなんだから！</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>モーツァルトはおことわり</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2011/02/14/233022/</link>
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		<pubDate>Mon, 14 Feb 2011 14:30:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野昌宏</dc:creator>
				<category><![CDATA[研究]]></category>
		<category><![CDATA[雑文]]></category>

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		<description><![CDATA[モーツァルトはおことわり 著者等：マイケル・モーパーゴ 出版社：岩崎書店（2010-07-30） ハードカバー（80ページ） （著者名は「モーパーゴ Morpurgo」が正しい。Amazonのデータベースが誤っているので [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<div style="margin: 0pt 22pt;"><div class="tmkm-amazon-view">
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					<p><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%E3%81%AF%E3%81%8A%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%8F%E3%82%8A-%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%B4/dp/4265820255%3FSubscriptionId%3DAKIAJPPI3T2XJ3FJAIMA%26tag%3Dnakanolab-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4265820255" target="_blank">モーツァルトはおことわり</a></p>
					<p><em>著者等：</em>マイケル・モーパーゴ</p>
					<p><em>出版社：</em>岩崎書店（2010-07-30）</p>
					<p>ハードカバー（80ページ）</p>
				<hr class="tmkm-amazon-clear" /></div></div>
				<p>（著者名は「モーパーゴ Morpurgo」が正しい。Amazonのデータベースが誤っているので念のため。）</p>
				<p>最近，講義などでなぜかナチス関係のことを話す機会が多い。なぜかと考えると，やはりあの手のイデオロギー操作のようなもののメカニズムを解明したいという気持ちが，私の心にずいぶん昔から潜んでいたからかなと思う。</p>
				<p>今回上の絵本を見つけたので，皆さんにご紹介したい。<br />
				「ナチス時代，強制収容所にはオーケストラがあった。生きるために演奏した団員たち――世界中で名を知られたバイオリニストがあかす　音楽で戦い，音楽とともに生きた人びとの物語」である（帯による）。<br />
				（以下ネタバレ多少含むので注意）</p>
				<p><span id="more-1379"></span><br />
				強制収容所に連れて来られたユダヤ人のうち，プロの音楽家である者がかき集められ，オーケストラが編成された。彼らは家族からも引き離され，演奏を強いられた。生きのびるためには選択肢はなかった。ドイツ将校たちの前で演奏させられるだけではなく，実は，ガス室に誘導される同胞たちを安心させるためにこそ，彼らは演奏をさせられたのだった。それもきまってモーツァルトの，底抜けに無邪気で明るい楽曲ばかりを。</p>
				<p>ヴェニスの床屋の家に育ち，長じて著名なヴァイオリニストとなったパオロ・レヴィという人物が語り部となって，自らの少年時代に何があり／何を知ったのか，両親やヴァイオリンの師匠の身に何があったのかを，新米記者＝インタヴュアーに語るという趣向である。</p>
				<p>少年パオロの感じたであろうこと，両親や師匠のくぐり抜けてきた悲劇，そうしたものは悲劇であるには違いないものの，愛する人びととともにそこからふたたび音楽のある世界へと帰還した喜び，幸せも同時に描かれていて，なかなか感動的な物語である。一読をお勧めしたい。</p>
				<p>それにしても，パオロ・レヴィという名から，プリモ・レヴィの名をどうしても連想してしまうのはどうなのだろうか。筆者の狙いなのかどうか。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>エジプトの動向，メディアの問題</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2011/02/04/001045/</link>
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		<pubDate>Thu, 03 Feb 2011 15:10:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野昌宏</dc:creator>
				<category><![CDATA[時事]]></category>

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		<description><![CDATA[情報化社会などと言うけれど，情報というのはただ待ってたら入ってくるものではない。世界で起きている問題をどう考えるか，いいことなのか，悪いことなのか，誰が特をして誰が損をするのか。われわれ自身はどう対処すべきか。そういうこ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>情報化社会などと言うけれど，情報というのはただ待ってたら入ってくるものではない。世界で起きている問題をどう考えるか，いいことなのか，悪いことなのか，誰が特をして誰が損をするのか。われわれ自身はどう対処すべきか。そういうことを判断するために，必要な情報というものがある。残念ながら，<strong>ただテレビの前に座っているだけでは，そのような情報にはありつけない</strong>。←ここ大事</p>
				<p>自分からそうとう能動的に動いていかないと，十分な情報は得られない。特にアラブ世界のことはなかなかキャッチしにくい。アラビア語で書かれた情報の解読はさすがに無理……（個人的に）。なので，アラビア語の読める人のお話が貴重となるはず。<br />
				<span id="more-1363"></span><br />
				にもかかわらず，この種の重要な問題についてテレビに映し出されるのはどうでもいい素人のコメントばかりだ。何でこの問題でこの人にコメントを求めるのだろう，といつも不満に思うのだが，きっとあれは放送事故を回避するための「埋め草」なのであろう。</p>
				<p>911テロ〜アフガン戦争のとき，「タリバン」が何で「北部同盟」がどんな組織だったか，正確に知っていた日本人はどれくらいいるのだろう。パキスタンの国益がどう絡んでいて，バーミヤンの石仏が美術史上どう評価されていたのか，どれくらいの日本人が知っていたのだろう。――とか思って試しに学生に聞いてみると，果たせるかなほとんど誰も何も知らない状態である（聞いた相手が悪いとも言う――でもメディアに就職希望の学生も含まれているのである）。</p>
				<p>インターネットの時代はそれなりに楽ではあるよ。探せばいいだけだから。ウィキリークスとか。動画サイトとかまとめサイトとかあって。なんて便利な。要は疑問に思ったときにググればしまいなのであるが，自分がクビになりそうな日常に忙殺されて国際問題には関心を持てない人々も少なくないのも状況としてしかたないかもしれない。</p>
				<p>というわけで，エジプトの問題を猛勉強せよ，なう（※学生向け課題）。<br />
				いまエジプトで起こっている騒ぎを何と見る？　<br />
				ヒント（安心してください日本語です）：<br />
				<a href="http://ameblo.jp/fifi2121/entry-10788441634.html">http://ameblo.jp/fifi2121/entry-10788441634.html</a><br />
				エジプトの一般国民に近い意識であろう人の見解である。中東の歴史をある程度知っていれば，大いに説得力ある見解ではないか？　</p>
				<p>まあこれはこれで偏りはあるだろうが，われわれとしてはいろいろな見解を徹底的にチェックして，「おそらくこのへんが正しいかな」というポイントを自分で見つけるしかないわけだ。メディアの言うことは「真実ではない」とまでは言わないけれど，「すべてではない」ということだけ，ここでは強調しておきたい。</p>
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		<title>ゼミの面接</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2010/12/09/020636/</link>
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		<pubDate>Wed, 08 Dec 2010 17:06:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野昌宏</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑文]]></category>

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		<description><![CDATA[来年度からの3年ゼミの選択で，定員13名のところ，うちには16名がエントリーしてきた。 私の専門分野などやりたい人はまれなので，サービスで領域をガバガバに拡大しているわけだけれども，選ぶ学生さんたちもできれば教員の専門性 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>来年度からの3年ゼミの選択で，定員13名のところ，うちには16名がエントリーしてきた。<br />
				私の専門分野などやりたい人はまれなので，サービスで領域をガバガバに拡大しているわけだけれども，選ぶ学生さんたちもできれば教員の専門性を考慮してほしいものである。</p>
				<p>13人のところ16人，全員採ってもいいジャマイカと思うかもしれないが，2年後に全員の卒論を細かく見ていくことを考えると，1人でも少ないほうが助かるし，当然一人一人のクオリティーも上がるのである。鬼のようであっても，実は鬼ではないのである。</p>
				<p>ということで，3名だけ落とさねばならない。<br />
				面接を開始したが，顔を見てしまうと逆に難しい……。情が湧いてしまう。<br />
				人事部の方々のご苦労が偲ばれる。<br />
				なんてことを言っている場合ではない。</p>
				<p>面接にきた女の子が泣くとか，明らかに反則だろ。<br />
				勝手に落とされるとか思い込んだりして，だいいち取り乱しすぎである。<br />
				採用するしかないけど，あとから考えたらちょっとイヤな気持ちになる。そうじゃないとは思うけど，もしこれが演技だったらどうする？　<br />
				ていうかゼミの選択が何だ？　世界には死の危機に瀕している人がいっぱいいるのに……。</p>
				<p>とはいえ，成績との合わせ技で，だいたい目星はついてきた。あと1人面接したら結論が出せるだろう。</p>
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		<title>第10回ラカン協会大会</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2010/12/01/002626/</link>
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		<pubDate>Tue, 30 Nov 2010 15:26:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野昌宏</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[研究]]></category>

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		<description><![CDATA[来る12月5日（日），専修大学神田校舎７号館3F，731教室にて，日本ラカン協会の大会が催されます。 ラカン協会ができてもう10年にもなるんですねぇ。14:00からの10周年記念シンポジウム〈ラカン思想とその現代的展開〉 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>来る12月5日（日），専修大学神田校舎７号館3F，731教室にて，日本ラカン協会の大会が催されます。</p>
				<p>ラカン協会ができてもう10年にもなるんですねぇ。14:00からの10周年記念シンポジウム〈ラカン思想とその現代的展開〉では，私もひとつ語ることになっています。タイトルなんか関係なく，のびのびと自由に語ります。こらこら。</p>
				<p>案内はこちら：<br />
				<a href="http://www.k4.dion.ne.jp/~lsj/congres.html" target="_blank">ラカン協会　年次大会</a></p>
				<p>午前中にもプログラムがあり，そこではたとえば向井雅明さんがダマシオについてお話しされるそうです。興味深いですね。気になる方はぜひ，専修大学まで足をお運びください。</p>
]]></content:encoded>
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