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	<title>試験の採点シーズン へのコメント</title>
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	<description>青山学院大学 総合文化政策学部（SCCS）から投げる直球。</description>
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		<title>nakano より</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2007/02/03/024854/comment-page-1/#comment-407</link>
		<dc:creator>nakano</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Feb 2007 17:38:10 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://socioanalysis.net/?p=104#comment-407</guid>
		<description>くるみさん，コメントありがとうございます。何という久々のコメントでありましょうか。感謝に堪えません。

ええと，私の立場でこういうことを言うのは何ですが，私は自分が学生のとき，一生懸命出る講義と適当に流していく講義を決めるのに，「1週間まるまる休んでみるテスト」をときどきやりました。だって全部を一生懸命出るわけには物理的にいきませんから。

1週間ぶっ通しで休んでみると，「ああ，あれはやっぱ出といたほうがいいよな……」とか「あの話は面白いよな」とかそういうものと，「あれは出なくても別に困らんな」「むしろ出るだけ時間の無駄」というものとがわかります。出るべき日に下宿にいると，ムズムズするからです。罪悪感というのではなくて，自分にとって必要なんですねその科目が。身体がそれを教えてくれる。

あと，どんなに重要な科目でも皆勤賞ばりに全部出られるとはかぎりません。そんなときは，「自分の責任において休んだ回の分を穴埋めしておく」という気概が必要です。逆に言えば，それがありさえすれば1度や2度休んでも平気です。

そのためには，ノートを仕入れることのできる友人たちのネットワークを日頃から大事にしておくことが重要です。ノートをコピーさせてもらうというのはズルをしているようですが，そのズルで楽になるのはノートをとる作業の部分のみで，結局そのノートで勉強するのは自分です。これはほんとに勉強しなければいかんでしょう。でその借りは，自分がちゃんと出て，とった授業のノートで返せばよいのです。それが相互扶助というものではないでしょうか。

ていうか，「要領」「最小の努力で最大の効果」っていうのも，ある程度社会で必要とされる能力なんですがねぇ。

まあ私の講義は「考える」講義であって，1回や2回休んだところであまり関係ない科目ではあります。家で考えてもいいわけで（笑）。これに対して，たしかに講義の特性上，1回でも休むとついていけなくなるようなものもあるでしょう。

が，出席の厳しい先生の何割かの気持ちを推し量ると，たぶん「学生は気軽に休めていいよな。オレがこんなに努力して働いてるのに，学生の分際で簡単に休むなんてだいたい失礼じゃないか。てか生意気だ」ということなんじゃないでしょうか。教師も人間ですからそういう気持ちはわかってあげましょうね。大人になってね。
</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>くるみさん，コメントありがとうございます。何という久々のコメントでありましょうか。感謝に堪えません。</p>
							<p>ええと，私の立場でこういうことを言うのは何ですが，私は自分が学生のとき，一生懸命出る講義と適当に流していく講義を決めるのに，「1週間まるまる休んでみるテスト」をときどきやりました。だって全部を一生懸命出るわけには物理的にいきませんから。</p>
							<p>1週間ぶっ通しで休んでみると，「ああ，あれはやっぱ出といたほうがいいよな……」とか「あの話は面白いよな」とかそういうものと，「あれは出なくても別に困らんな」「むしろ出るだけ時間の無駄」というものとがわかります。出るべき日に下宿にいると，ムズムズするからです。罪悪感というのではなくて，自分にとって必要なんですねその科目が。身体がそれを教えてくれる。</p>
							<p>あと，どんなに重要な科目でも皆勤賞ばりに全部出られるとはかぎりません。そんなときは，「自分の責任において休んだ回の分を穴埋めしておく」という気概が必要です。逆に言えば，それがありさえすれば1度や2度休んでも平気です。</p>
							<p>そのためには，ノートを仕入れることのできる友人たちのネットワークを日頃から大事にしておくことが重要です。ノートをコピーさせてもらうというのはズルをしているようですが，そのズルで楽になるのはノートをとる作業の部分のみで，結局そのノートで勉強するのは自分です。これはほんとに勉強しなければいかんでしょう。でその借りは，自分がちゃんと出て，とった授業のノートで返せばよいのです。それが相互扶助というものではないでしょうか。</p>
							<p>ていうか，「要領」「最小の努力で最大の効果」っていうのも，ある程度社会で必要とされる能力なんですがねぇ。</p>
							<p>まあ私の講義は「考える」講義であって，1回や2回休んだところであまり関係ない科目ではあります。家で考えてもいいわけで（笑）。これに対して，たしかに講義の特性上，1回でも休むとついていけなくなるようなものもあるでしょう。</p>
							<p>が，出席の厳しい先生の何割かの気持ちを推し量ると，たぶん「学生は気軽に休めていいよな。オレがこんなに努力して働いてるのに，学生の分際で簡単に休むなんてだいたい失礼じゃないか。てか生意気だ」ということなんじゃないでしょうか。教師も人間ですからそういう気持ちはわかってあげましょうね。大人になってね。</p>
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		<title>くるみ より</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2007/02/03/024854/comment-page-1/#comment-406</link>
		<dc:creator>くるみ</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Feb 2007 11:23:56 +0000</pubDate>
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		<description>初めて書き込みました。先生の講義は、まだ履修したことがないのですが、先生のHPを見て面白い方だなぁと思い、履修してないのに講義を受けたことはあります（笑）。今回のブログの内容は、興味深いものでした。やはり、先生方もいろいろなケースで悩んでいるんですね。確かに、出席していない生徒に対してそれで単位がとれるなんて不公平と思うのは、自分がその講義に興味がない証拠ですね。そういう考え方は、言われてみないと気づかないもので・・・自分もそう思っていた講義を思い出すと集中せずに居眠りしたり、ほかのことをしていた気がします。けれど、実際そう思ったところで、結局はいい評価はきちんと受講している生徒がもらえるわけで、特にサボっていた講義の評価が悪かろうと単位がもらえればラッキー、取れなければやっぱり・・・と思うだけで逆恨みなんて変な責任転嫁はしないかと思います。まぁでも、ちょっとしたことでキレる人が増えているこの御時世じゃあ無きにしも非ずですね。自分は、そんなことをしてもなんの得にもならないんでしないですけど。それに、適当に受けて単位が取れればいいなんて思っている人は、後々それなりの害を被るもので、それはそれでその人の人生なんだから・・・なんて実に他人事な感想ですけど、この辺で終わりにします。
</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>初めて書き込みました。先生の講義は、まだ履修したことがないのですが、先生のHPを見て面白い方だなぁと思い、履修してないのに講義を受けたことはあります（笑）。今回のブログの内容は、興味深いものでした。やはり、先生方もいろいろなケースで悩んでいるんですね。確かに、出席していない生徒に対してそれで単位がとれるなんて不公平と思うのは、自分がその講義に興味がない証拠ですね。そういう考え方は、言われてみないと気づかないもので・・・自分もそう思っていた講義を思い出すと集中せずに居眠りしたり、ほかのことをしていた気がします。けれど、実際そう思ったところで、結局はいい評価はきちんと受講している生徒がもらえるわけで、特にサボっていた講義の評価が悪かろうと単位がもらえればラッキー、取れなければやっぱり・・・と思うだけで逆恨みなんて変な責任転嫁はしないかと思います。まぁでも、ちょっとしたことでキレる人が増えているこの御時世じゃあ無きにしも非ずですね。自分は、そんなことをしてもなんの得にもならないんでしないですけど。それに、適当に受けて単位が取れればいいなんて思っている人は、後々それなりの害を被るもので、それはそれでその人の人生なんだから・・・なんて実に他人事な感想ですけど、この辺で終わりにします。</p>
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