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	<title>私の教育改革案「国会を単位制に／議員には哲学を必修化」 へのコメント</title>
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	<description>青山学院大学 総合文化政策学部（SCCS）から投げる直球。</description>
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		<title>nakano より</title>
		<link>http://socioanalysis.net/2006/11/19/230001/comment-page-1/#comment-403</link>
		<dc:creator>nakano</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 22 Nov 2006 03:43:00 +0000</pubDate>
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		<description>おお，激高先生，初めて書き込みいただきました。

宮台さんもビデオニュースで「ここまで知的なことが話せないってのは，どういうことなのか」とぼやいたはりました。

というわけで，トラックバックを送信させていただいております。
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		<content:encoded><![CDATA[							<p>おお，激高先生，初めて書き込みいただきました。</p>
							<p>宮台さんもビデオニュースで「ここまで知的なことが話せないってのは，どういうことなのか」とぼやいたはりました。</p>
							<p>というわけで，トラックバックを送信させていただいております。</p>
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		<title>激高老人 より</title>
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		<dc:creator>激高老人</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 21 Nov 2006 15:41:15 +0000</pubDate>
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		<description>引用されている安倍内閣のメールマガジンいわく。教育基本法には道徳教育などが書き込まれていないから、それも改正案に書き込んだ、とのこと。この連中が書き込むのは為政者の国民に対する説教だけだ。ここで説教している道徳なるものは、お上にとって都合のよい規律を守れという権威主義的道徳にすぎない。というのは、現行法では教員は「全体の奉仕者」となっているのに、改正案では教員は国家のために奉仕する者（と取れる）にすりかえられており、その教員が生徒に規範を教えるとされているからだ。ところが、権威主義的道徳がはたして道徳と言えるかどうか、はなはだ怪しい。権威主義的道徳に反対する道徳のほうが真の道徳である。その辺のところをもっと勉強してから現行の教育基本法を読めば、そこには真の道徳の輪郭がすでに書き込まれていることが分かるだろう。教育基本法はもう古い、などとほざいているが、ここでは基本的な理念がすでに書き込まれているのだ。理念というものは、半世紀くらい経ったところで古くはならない。街頭で２０歳代とおぼしき背広にネクタイのサラリーマンふうの男が、ある局のインタビューに答え、「何もしないよりも変えたほうがよい」と改正賛成の意見を語っていた。冗談ではない。教育基本法のような法は、いったん変えたら、また変えるのに半世紀もかかるのだ。この若者は小泉流の「カイカク、カイカク」の掛け声に踊らされているだけである。教育基本法やその改正案など一度も読んだことがないのだろう。nakano氏の言う通り、歴代政府の愚民政策は国民の中にかなり浸透してしまっている。為政者は、そして与党（公明党もですよ）議員は、今後のこともあるので、哲学（そして倫理学）を少しくらいは勉強して出直してこいと言いたい。
</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>引用されている安倍内閣のメールマガジンいわく。教育基本法には道徳教育などが書き込まれていないから、それも改正案に書き込んだ、とのこと。この連中が書き込むのは為政者の国民に対する説教だけだ。ここで説教している道徳なるものは、お上にとって都合のよい規律を守れという権威主義的道徳にすぎない。というのは、現行法では教員は「全体の奉仕者」となっているのに、改正案では教員は国家のために奉仕する者（と取れる）にすりかえられており、その教員が生徒に規範を教えるとされているからだ。ところが、権威主義的道徳がはたして道徳と言えるかどうか、はなはだ怪しい。権威主義的道徳に反対する道徳のほうが真の道徳である。その辺のところをもっと勉強してから現行の教育基本法を読めば、そこには真の道徳の輪郭がすでに書き込まれていることが分かるだろう。教育基本法はもう古い、などとほざいているが、ここでは基本的な理念がすでに書き込まれているのだ。理念というものは、半世紀くらい経ったところで古くはならない。街頭で２０歳代とおぼしき背広にネクタイのサラリーマンふうの男が、ある局のインタビューに答え、「何もしないよりも変えたほうがよい」と改正賛成の意見を語っていた。冗談ではない。教育基本法のような法は、いったん変えたら、また変えるのに半世紀もかかるのだ。この若者は小泉流の「カイカク、カイカク」の掛け声に踊らされているだけである。教育基本法やその改正案など一度も読んだことがないのだろう。nakano氏の言う通り、歴代政府の愚民政策は国民の中にかなり浸透してしまっている。為政者は、そして与党（公明党もですよ）議員は、今後のこともあるので、哲学（そして倫理学）を少しくらいは勉強して出直してこいと言いたい。</p>
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