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2006-11-19
私の教育改革案「国会を単位制に/議員には哲学を必修化」
- 2006-11-19 (日)
- 時事
さて例の教育基本法だが,まずは資料から。
- 現行教育基本法と「新教育基本法案」の比較
- 議論のクロスロード:「教育基本法」について知るためのメモ/「新教育基本法案」へのツッコミまとめ
(成城トランスカレッジ! ―人文系NEWS & COLUMN―)
同時に,そもそも「憲法」とは何なのかを知っておいた方がよい。日本はむちゃくちゃに特殊なのかも知れんが,ごく普通の感覚では憲法というのは国民側が国家にはめる箍(たが)である。国民主権という話で,主権者はいったいどっちなんだという話だ。つまり国家(一部の執行部の人々)が一人一人の国民全員の権利や自由を侵害しないようにするためのルールである。今回のは「基本法」だが,これも憲法に準ずるものという位置づけなので,こんな感じでやってくれという「国民から国家につける注文書」という性格が本来である。教育というのはよくも悪くも一種の「洗脳」なので,ここはきちんと注文をつけておかないとまずいところだ。
今さら何だけども,今回の新案はまさに珍妙である。逆に国家が国民に注文をつけているのだから。というよりも底知れぬ悪意が感じられる。これの草案を作成したであろう東大出もしくは同等に高学歴の本省官僚が(いや誰か知らんけど),憲法の意味も知らないなどありえないことである。「それはちょうど気取った銀行家が,『素人にはデタラメな説明をしておけば十分』とメモ用紙に書いているようなもので」(パース『連続性の哲学』,岩波文庫,p. 127),全く国民をバカにしている。
というわけで,この改正のポイントは,国民が国家にこれだけは守ってやってくれというはずの法律が,国家が国民にこれこれを守らんとしばくぞという法律にまんまとすりかわっているというところなのである。みんな知ってると思うけど。
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