ブラひも,あるいは自己と非自己の境界について

今回はとても難解な哲学的テーマを扱いたい。敷居が高いかもしれないので苦手な方は読み飛ばしていただきたい。

さて今日の最初の話題は「ブラひも」である。「ブラひも」とは何だろうか。それは,「ブラ(ジャー)」の「(肩)ひも」である。

このわかりやすい,明晰判明な事実が,フランスではえてして忘れられがちである。ここフランスでは,それはむしろ,ほとんど空気のような存在なのだ。そしてその事実自体がわれわれを当惑させる。

灼けつく太陽,急な夏の到来。スプリングコートを脱いだ女たちが,濃いサングラスとともに次に身に纏うのは,できるだけ肌を出せるタンクトップやキャミソールである。もちろん,ヒップハガーのジーンズとのあいだに覗くのは,白いまたは黒い下腹部だ。いろいろな理由があるが,老若を問わず,またスタイルを問わず,稚内(わっかない)よりはるか北に位置するパリの女性たちは,こよなく太陽を好むのだった。

日本でも女性の「ヘソ出しルック」(何か古い言い方のような――なぜか「ホンダミナコ」という名前が連想される――まあそういう世代ではある)は流行っていると聞く。しかし,全体としてのこちらのような眺めは,日本では決して見られないだろうとぼんやり思う。それはいったいなぜなのか?

Continue reading