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Samaritaineが閉まりてーぬ

閉まり(動詞の連用形)+て(完了の助動詞)+ぬ(完了の助動詞)。

そんなわけないやろ(自己ツッコミ)。

ただの駄洒落である。くだらないな,とか冷たい視線が突き刺さるだろうな,とか,予想はするのだが,これ以外のタイトルが見つからない。こうした「必然性」からこそ文学は成立するのである(これのどこが文学ですか?)。

どうでもよいことはさておき,ポンヌフの袂にあった老舗デパート「ラ・サマリテーヌ La Samaritaine」が閉店している。知っている人は知っていたのであろうが,私のようにヘラヘラ生きている人間にとっては青天の霹靂である。なぜに,ゆえに? しかも待望のバーゲン Solde のときに! うぬぬぬぬ。

パリにはデパートは多くない(意外だろうか?)。数少ないデパートのなかでも,私はこのデパートには2つの面から思い入れがあったのだった。


▼一つは,サービス,もしくは店員の教育についてだ。それを語るには,ここでまずパリにデパートが少ない理由(と思われる事実)に触れなければならない。

フランスのサービスは旧ソ連と並んで世界最低とも言われるように(ほんまか?),一般にデパート Grand magasin においては店員の商品知識は乏しく,態度も悪く,口のきき方がなっておらず,レジでも長蛇の列に並ばねばならず,ショッピングを通じて不愉快な経験をすること夥(おびただ)しい。これは店員たちの労働意欲や組織への帰属意識が低いからで,「一生懸命働いても手を抜いても給料はいっしょ」的な経営方針に問題の根があると思われる(こういう現象はフランスの文化の一部とも言えるが,それではあまりに身も蓋もないので,いちおう理由を考えてみた)。

その点個人商店だと,まずレジでそれほど時間をつぶさなくてすむだろうし,店員は売り上げが自分の収入に直接ひびく可能性が高いので愛想よくするだろうし,何より会話好きのフランス人にとって,店員とのコミュニケーションがより人間的であろうことは何にも代えがたく好ましいことなのである。

「規模の経済」という言葉があるが,そんな感じで(厳密には違うけど),デパートの方が品揃えがよいではないかと言われる方もあるかと思う。が,パリのデパートなんて日本のそれに比べれば何ほどのこともない。靴なら靴屋,鞄なら鞄屋,つまり専門店へ行く方がよいチョイスができることもしばしばだからだ。

私が見るところ(といってもまだまだひよっ子,ふつうに消費者の立場から言えば),これらの事実こそが,消費者がデパートでのショッピングを避けたい理由を構成している。実際に,大きなデパートが少ししかないのもうなずけるわけだ。

しかしながら,私個人の経験では,「サマリテーヌ」と「ボン・マルシェ」(世界最古のデパートと言われる)だけは例外で,まだ一度も不愉快を感じたことがないのである。いつも日本のデパートに来ているような錯覚を覚えるのだ。ちなみに皆さんサマリテーヌを「庶民的な感じがいい」とおっしゃるが,心が根っからの庶民であるらしい私は,このデパートを「庶民的」と感じたことはない。値段も安いと感じない(うっすら感じるかな)。ただ日本人会会員なら割引がある,というだけのことである(妙にリアルな)。

逆にいつ行っても不愉快なのは,サン・ラザール近くの「ギャ○リー・ラ○ァイ○ット」である。ここはあまりに規模が大きいので,店員の教育や真面目な店員のリクルートが行き届かなくなるためであろう。ここらは閉店前にはあと片付けモードに入り,レジも閉めてしまう(ただしこれはフランスではふつうの行動)。「閉店直前には行くな」というのがフランスでの買い物の鉄則だが,どうしてもその時間にしか行けないこともある。そういうときに限って「絶対今日買っておかなければならない」という切迫した事情があるものである(でないと行かないわけで)。まさにそういうときに,閉店前にレジを早々と全部閉めていきやがる店員には,人間として,激しい憎悪の念を禁じ得ない。

▼先日は,母と叔母が来たとき,孫におもちゃを買ってやろうとレジに並んでいたのはいいが,前の前の人が何かトラブっていた。私たち(親子4人+母+叔母)とその前の親子(おそらく韓国人)は辛抱強く並んでいたが,とうとう閉店時間5分前になってしまった。別の店員が,急いであっちのレジに行きなさい,と指示するので,総勢8名がどやどやと走ってそちらに行くと,「もう閉めたから,別のレジに行って」と言う(5分前だよ)。仕方がないのでさらに別のレジに行っても同じことを言う。仕方がないのでどやどやともとのレジに戻ると,やはり「もう閉めてます」と言う。ここで韓国のオヤジがキレた。「私たちは長いこと並んでいたのに,なかなか進まなかったんだ! 何で買えないんだ!」(英語)。

もちろん私たちも同じ気持ちだった。これが大人の買い物なら,ここで「お前んとこで誰が買うてやるかい!」と啖呵を切る手もある。が,いままさに,買ってもらえると思ってうれしそうに,子どもたちがおもちゃを手にしているではないか。彼らも今では心配そうな表情である。当然だ。デパートの閉店時間だ,別の店で同じものを買える見込みはない。「このデパートアホやから,別の店で買おう。明日まで待とうね」なんて子どもには通用しない。ここは権威ある大人として,絶対に引くわけにはいかない。

揉めていると,もう少し地位のありそうなおばちゃんが出てきた。それこそ子どもを諭すかのような調子で「あなたたちは列を離れたでしょう,だから閉めたのよ」と説明する。そんなもん理由になるかい! 閉店時間までは店開いてんねやろ!(トートロジーっちゅうねんぞ!)。そこで私も「それはあの人が別のレジに行けと言ったからだ。私たちはちゃんと閉店時間前からここに並んでいたんだ! あんたも見てたろう!」と怒鳴る(英語)。

という調子で,わが軍総勢8名と店員4~5名(+屈強なガードマン数名)の睨み合いとなったが,「別のレジに行け」と言った店員が「僕がそう言いましたから」と宥めに回ったため(そりゃそうだ,彼は善意からそう言ったのである,というかこいつだけはいい奴だ),おばちゃんは数秒考えた後,再びレジを開けた。そりゃそれしかないだろうよ。最初からそうしとけボケ。

このときには本当に頭から湯気が出た。そんなしんみりしたエピソードであった。ってこれはすでにサマリテーヌの話ではなくなってしまっているのではある。

▼もう一つのサマリテーヌの思い入れ。それは,あの建築様式である(出ました!)。

「アール・ヌーボーとアール・デコの融合」と評せられるこの建物は,フランツ・ジュルダンとアンリ・ソヴァージュの手によって設計された。ああ,自分で写真撮っとくんだった! もう私の滞在中には内部に入れる見込みはない。

再々アール・ヌーボーについて素人意見を書いている私はといえば,アンリ・ソヴァージュ設計の “Studio Building” のとてもとても近くに住んでいるのだった。

というわけで,サマリテーヌに深い因縁を感じるのである。な~んて単純。

何でアール・ヌーボーに興味があるのかは,海よりも深い理由があるので,また改めてまとめて書こうと思う。

追記 le 12 août 2005

パリの各デパートの建築について,加藤さんところの7月28日の記事があります。ぜひご覧ください。

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