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苦労話(5の1): 不動産契約の壁

今日は不動産の話をしよう。このトラブルは,1年と少し前,私がフランスにやってきた当初に起こり,現在も続いている今回の滞在で最大のトラブル(いまのところ)である。決着したら書こうと思っていたのだが,なかなか進捗しないのでもう書いてしまおうと思う。書いたら何かあるかもしれないし。

▼在外研究が決定し,まずすべきことは受け入れ先研究機関の決定,次にビザ取得などの法的手続きである。そのあとは,より具体的に,自分の住み処をどうするかという問題を解決しなければならない(当然自分で見つけなければならないのである)。

単身で渡航する場合には比較的融通も利き選択肢が広いが,家族で渡航すると決めたらアパート探しはやはり難しくなる。特にパリは家賃高騰にもかかわらず住宅難であり,希望どおりの部屋を見つけるのは至難の業である。だいたい,日本人の生活に欠かせない浴槽・浴室関係がひどく整っていないのが一般的である以上,そういうものが整った部屋という条件にこだわっていると,入居予定日までにアパートが決まらなかったりする。


余計な費用がかからない,という意味でいちばんよいのは,不動産屋を介さない個人間直接取引(いわゆるparticulier à particulierというやつ)で決めること。この場合,新聞・情報誌のアノンス(「売ります買います」みたいなコーナー)や,店や街角に貼られている同様の情報交換板などを見て探すことになる。そしてパリにはいろんな意味で「日本人に貸したいフランス人」も存在するので,日本人向けの新聞・情報誌(OVNI,ニュースダイジェスト,Paris-Tokyoなど)とか,日本人の立ち回りそうな場所すなわち日本食材店(京子食品,佳苗など)や本屋(ジュンク堂,ブックオフなど)や日本食レストランなどにアノンス板があることが多い。

しかし,これで貸したい人の貸したい物件と借りたい人の借りたい物件がピタリと一致するみたいなこと(経済学で言う「欲望の二重の一致」ですな)は,(少なくとも希望どおりのタイミングでは)なかなか起こらない。したがって,慣れない新参者であればあるほど,コミッションを払ってでも不動産屋のような仲介者(経済学で言う「せり人」)を介することになるのである。こういうところにコンタクトをとると,希望と予算に応じて条件にかすっているもの(満たしているもの,は難しいので)をリストアップしてくれる。それらをしらみ潰しにヴィジットして,最終的に気に入る物件を探すのである。その点は日本と同じだ。

ただ,フランスは相当根深いコネ社会であるので,どこの馬の骨とも知れない日本人がぷらっと尋ねてきても,鼻であしらわれることが多い。私も一足先に留学していた友人に手伝ってもらい,数件のフランス系不動産屋をあたってみたが,けんもほろろとはまさにこのこと。考え方によっては日本人は上客であるはずだが(どんな人々よりも家賃はきちんと払うし,家を綺麗に保つので),やはりここは「知らない人は信用できない」という不信ベースの社会なのである。

なので,新参者としては,同じ不動産屋でも「日系の」不動産屋を介してアパートを探すのが手っとり早い選択である。もちろん言葉の問題もあるがそれよりも,こういうところとつきあいのある大家は,日本人に貸したい(あるいは最低でも,借り手が日本人でもかまわない)という大家であるはずだからだ。

▼段取り的には,まず日本にいるあいだに不動産屋とメールでコンタクトを取り,希望の条件を伝えるとともに,写真や図面など物件の情報を送ってもらい,検討する。そこで気に入った物件がある場合は,予約金を支払うことで本契約に準じる拘束力を発生させる(契約はしてないけど「押さえる」ということね)か,もしくは在仏の不動産屋と連携する在日の企業を通じて契約を結んでしまう(別料金)方法があるようである。

私の場合は,最初興味深い物件が15区にあったので一瞬手を打とうと思ったものの,本来3月1日に入居しなければならないのに,その物件は4月1日からしか空かない,ということが問題となった。つまり最初の1ヶ月間をホテルか短期アパートで暮らすことになるが,その部分がとても割高になるし,引越が1回増えるし,大人だけならともかくそれでは子どもは1ヶ月まるまる幼稚園に行けないではないかと思いなおし,やはりやめることにした。しかも上記の特殊な方法での契約は,それだけで5万円以上の上乗せになるので,それがちょっといただけなかった。われわれには渡航にあたって貯金がほとんどなかったので,初期費用がこんなに余計にかかることになるのには家計が耐えられなかったのである。

結局,上記不動産巡りを手伝ってくれた友人の紹介もあって,P不動産の世話になることにした。ただ友人の名誉のために言えば,彼の紹介があったからではなく,物件の条件がよかったから選んだのである。だから友人に責任はない。ただその「条件」というのがあとで問題となってくる。まあ結論的に言えば「よすぎた」のである。

  • 場所はトロカデロ近く(エッフェル塔が目の前。交通至便で割と高級な地域)
  • 3部屋(日本的にはLDK+2部屋という感覚)
  • 家具つき(1年程度の滞在でははずせない条件)
  • 集中暖房(各戸で暖房費用をもたなくてよいということ)
  • 浴室ありで湯の量に制限もない(タンク式のシャワーは,一度に使える湯量がタンクの大きさに制限されてしまう)
  • ただし5階(日本で言う6階)でエレベーターなし(ちょっとキツいのは確か)
  • これでトータル1,100ユーロ/月

あまり広くはないが,この立地・この条件でこの値段は破格に安かった。といっても1ユーロが135円くらいだとすると,かなりイヤな金額にはなるのだが。そこはパリだからしかたがない。しかもなぜか予約金は要らず,口約束で大家の合意がとれた。賢明な読者にはお気づきのように,こういうところがまずかったのだが,事前に上記友人が不動産屋ともどもこの大家と直接会ってくれていて,友人,不動産屋とも全く疑いをもたなかったのである。この大家は不動産屋とはすでに懇意であり,日本在住フランス人で奥さんは日本人,要するに日本びいきの人らしく,「1年といわずずっと住んでもらってもいいよ」という話であった。とにかく話からは,よく言えばおおらか,悪く言えばいいかげんという印象を受けた。こちらとしても手続きが簡略になるため,彼のいいかげんさもメリットになりえた。なので,私がこの場合この大家に疑いをもたなかったのも心情的にはご理解いただけるのではと思う。もちろん,約束の内容を文書で要求しなかったなど私の側に甘さがあったのも確かではある。しかし同時に,素人の私に押さえるべきポイントがどこだったのかを正確に認識できたはずもなかったと思う。だからこそプロ(のはずだった)を頼んだのである。

▼3月1日,われわれは予定どおり飛行機に乗り込み,その晩1晩だけホテルをとった。さすがに着いた当日に契約はできないからだ。翌日3月2日午前中に契約をすることになっていた。しかしこの日不動産屋から連絡があり,待ち合わせ時間が午後にずれ込むという。何やら「アパートの鍵を別のエージェントがもっている」とか言う。話が怪しくなってきたが,ともかく契約しなければ。この日も友人が加勢に駆けつけてくれた。

私,妻,子ども2人,友人の5名が,エレベーターのないらせん階段を巨大なスーツケース2個を6階まで自力で担ぎ上げ,ドアの前に集結しているところに,鍵をもって我らが不動産屋は現れた。われわれと年代の変わらない女性であった。ん? 大家は? それらしい人物はどこにもいない。まだ来ていないのか。

しかしアパートの鍵はガチャガチャ動かしてもいっこうに開かなかった。あとでわかるがこの鍵は確かに間違っているわけではなく,すごくコツのいる鍵なのであった。この女性は何度も「別のエージェント」に電話し,鍵間違いじゃないのかと聞いていたが,開かないのでどうしようもなく,途方に暮れながらそのエージェントの到着を待つしかなかった。

今日はホントにここで寝られるのだろうか。そんな不安が脳裏をよぎりつつも待っていると,下の子がグズっている。ん? どうも様子がおかしいぞ。腕が痛いと言って泣きだした。肘を自分で持ち上げることができない。どうも肘の関節を亜脱臼しているようである(※「肘内障」であった)。どうやら待ち時間のあいだに大人たちと手をつないでシャイヨー宮などを散策しているうち,やってしまったらしい。とにかくこれは(関節を)入れないと。ほっとくわけにはいかんぞ。よりによってこんなときにと,みな青くなる中で,しょうがないのでガイドブックに載っていたA病院(※先のエントリーと共通)に救急で行くことに。私と娘だけがタクシーに乗って行った。こんなとき友人が来てくれていて,家族を見ていてくれて心強かった。しかし渡航2日目にして「海外旅行傷害保険」を使うことになるとは,と苦笑がこぼれた(この保険に対する憤怒もまた書く予定)。

そんなアクシデントもありながら,私の不在中に何とか鍵は開いたようだ――アパートに戻ってくるとドアは開いていた。聞けば,私と娘の帰還直前に,不動産屋の女性が別の鍵を「別のエージェント」のところまで取りに行ったらしい。ヘンな話である。がどうしようもない。

通常,アパートの賃貸契約の際には,貸し手と借り手とが両方で家の中の状態を確認し,契約書に加えて入居時の状態を文書にしておく作業をする。これをエタ・デ・リュー(Etat des lieu)という。しかしこのとき,貸し手である大家は,代理人すら姿を見せていなかった。どうするのかと問うと,不動産屋は「中野さんがサインされたら,その契約書を向こうに送りますから」とあっけらかんとしている。こちらとしてはわざわざプロに頼んでいるわけなので,まあプロがそう言うならいいのかなと思う。この不動産屋は絶対的な自信を持っている様子だったからである。

▼そういうわけで,私たちはこのトロカデロのアパートに3月2日から住み始めた。住人はフランス人とは思えない色黒な人々が多かったが,だからといってどうということもない。下の住人が夜にパーティーとかしていたことがあってちょっとうるさかったかな。ときどき,中東系の音楽が大音量でかかっていた。ここの管理人(gardien[ne], consierge)はポルトガル系のおじさん・おばさんでとても親切であった。余談だが,この管理人システムで驚いたのは,各戸に郵便受けがないということである。アパートの住所が書かれた手紙は,いったん管理人室に届く。それを管理人が1日数回,各戸に配る。ドアにも郵便受けはなく,ドアの下の隙間から郵便物を中に(半分くらい)入れるのである。

それはともかく,部屋内部の管理状態は決してよくなく,あちこちに不具合があった。安いのだから当然とも言える。というかこの状態ならこの値段でも(いま考えても)リーズナブルであった。ドアがちゃんと閉まらない,などはよい方で(というかすべてのドアがちゃんと閉まる家などパリの旧建築では例外的な存在である)トイレの便器はグラグラしていて水漏れもしているわ,キッチンのものは埃と油の汚れでみなドロドロだわ,押し入れの中にはわけのわからん汚い=使えない寝具が押し込まれているわ,床もウグイス張りだわ,とにかく安普請と管理不行き届きによる不具合のオンパレードである。ただし風呂場だけはまあまあだった。

あまりに不具合が多いので,リストを作って不動産屋を通じ大家に修繕を依頼することにした。また,集中暖房という話だったのに,実際住んでみるとガス暖房(当然各戸でガス代を負担)だったので,これは話が違うではないか,と不動産屋に掛け合ってもらい,結果ガス暖房の費用と差引トントンになる金額ということで,月々の家賃を50ユーロ値下げしてもらうことに成功した。この家で,1050€か。不満も多いけれど,安いからまあいいよな,身分相応だし。ここで1年間やっていこう,と家族全員が自らの境遇に納得しようとしたその矢先のことだった。

(つづく)

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