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苦労話(1): プロトコル・ダキュイの壁

いま苦労の真っ最中なので本当はあとにしたいのだが,ぼちぼちフランス(パリ)生活の苦労話を綴っていこうと思う。このやる方ない憤懣を忘れてしまっても癪だからね。ちなみに今回から敬体はやめて常体に切り換えたい。勝手ですまない。

さてさて,世間では「バカの壁」が流行っているようだが,むしろ「海外研修の壁」こそが幾重にもわれわれの前に立ちはだかっているのである。幾重にもといって,どんな壁があるのか。そこにはあんな壁やこんな壁があるのであって,ここではそれを紹介していこうと思う。とりあえず今日はその第一弾。「制度の壁」てなところか。でももうちょっと絞って「プロトコル・ダキュイの壁」と題してみよう。

海外研修の企画で重要なのはまず資金的裏付けを得ることである。吹けば飛ぶような大学教員の薄給だけでは受け入れ国が絶対に信用しない。特にフランスの場合,移民労働者が溢れ返っていて,カネを落としてくれるガイジン以外は要らない的論調がつい強くなりがちな趨勢であったし,その状況はいまも変わらない。Front Nationalですよ。右傾化状況ですな。

これは私の場合は幸運にも文科省の在外研究員(若手枠)の権利が当たったので,それをアピールすることにより「カネを落としてくれるガイジン」と認められたのか,クリア。これは運で決まるから,言うべきことは特にない(もうこの制度はなくなった。私がたぶん日本史上最後の文部科学省在外研究員である。あ,制度が復活すれば別だが)。

次に受け入れ先機関を決める。私の場合は英語の授業を担当していることもあり,さくっと英米圏かなとも思ったが,特に関心があるのがラカン(フランス人)だし,第二外国語から攻めるのも悪くないし,それに英米圏なら他のファンドでも行けそうという読みもあって,フランス狙いとした。

で,どうせならラカンの弟子(ミレールという人)がいるパリ第8大学がいいな,と思いつつ恩師に「いいところありますかねぇ」と相談すると,「パリ8は?」と逆に聞かれる始末。いい感じである。

これでまあ「たぶんクリア」なのだが,しかし,ひとひねり必要であった。というのは,ミレール先生には連絡がつきにくかったので,エコール・ドゥ・ラ・コーズ・フロイディエンヌ(ECF)という,ラカンが生前つくった団体に属するA氏に,恩師を通じてまず招聘状を書いてもらった。ここで皆さん「?」と思うかもしれないが,招聘状というものは,こちらが行きたいから先方にお願いして書いてもらうものなのである(っていうかそういうケースは多い)。

この招聘状は,それ自体完璧なものだったが,この件に関して事務サイド的に有効かというと,どうもそうではなかった。というのは,文科省の受け入れ先は「公的機関」でなければならないとされていたからである。勤務先である大分大学の事務に再々問い合わせてもそのような返答しか返って来なかった。「やぶへび」というか,「聞いたもん負け」の質問だったような気もするが,聞いてしまったのだからしかたがない。それに,どのみち必要になる「プロトコル・ダキュイ Protocol d’accueil (受入議定書)」という今回問題の書類(以下参照)も,ECFは出せないようである(未確認)。

日本の感覚では,ECFという学術団体ないし学会は,「私的」な団体である(意外だろうか? 学会は一般に,公的な団体ではないのだ)。少なくともお役所的にはそう見えるはずだ。仮にそれがいかに公共の役に立っていたとしても,設立形態がね。フランス的には「1901年アソシアシオン法」という法律があって,これに基づいて設立された団体はみんな「ちゃんとした団体」なので,この法律に基づいているECFがちゃんとしていないわけではもちろんない。しかしやはり,フランス政府的に「公的」であるかどうかが問題なのである。フランス政府公認公的機関は,政府のどこかのウェブサイトにリストアップされていた(どこだったかな。いまちょっと見つけられない)。きっとそのリストに入っているかどうかが問題なのであろう。見るとECFは入っていなかった。

うーん,しょうがない。A氏はとても親切な方で,メールで連絡しても反応が早く,日本でお会いする機会もあり,この人が受け入れてくれるのをぜひ希望したいところだったがしかたがない。のでパリ第8大学に属するB先生を再び紹介してもらった。大学は,正真正銘の公的機関である。

要はこの人に「めんどくさいけどまあ受け入れたるわ」というサインを教員人事部に出してもらい,その人事部から「プロトコル・ダキュイ」なる謎の書類をゲットしなければならない。しかもそれには受入機関と,受入機関を管轄する県庁のハンコが押されていなければならない。これが何に要るかというと,フランスに3ヶ月以上滞在するための「研究者ビザ」を取得するために要るのである。

ちなみにB先生が実際に「めんどくさい」と思ったかどうかは知らない。が,結局若手外国研究者を受け入れることなど相手にどんなメリットがあるのかよくわからんし,とにかくこういう手続きのあり方は先方に迷惑をかけるだけの,あまりよいものではないと思う。しかも向こうの大学としては,どこの馬の骨かわからん人物を受け入れることに220ユーロほどの金銭的負担を強いられるようである(このへんのことはまた改めて)。受け入れることにもっとちゃんとメリットがあれば,国際学術交流も活性化されていいのにね。ていうかそれはオイラがパリ8で何か奉仕せなあかんということかな。向こうもメリットを感じるように……。

それはさておきここからプロトコル・ダキュイの壁はわれわれの眼前に厳然と立ち現れる。というほどではないけれど。これしきの文書の作成など,ちょいと事務能力の高い教授,あるいはその秘書が1人いれば何ら問題のないはずの手続きである。独立行政法人化のための文科省あて文書づくりをバリバリしてきた日本人教授ならおそらく0.02人もいればオッケーなはずである。ここまでこちらに住んでみて感じるのだが,フランスの人々というのは,事務能力の高い人と低い人にはっきり分かれていて,両者のレベルの差がたいへん大きい。そして後者が圧倒的に多い。その話は能力というより労働意欲の問題と関係があると思うし,それはまた別のところで書くことにするけれども,まあ独断と偏見で言えばそんな感じである。

話を戻すと,要するに,こちらが出した条件に諾と言うつもりならば,こちらが送った履歴書から氏名住所勤務先を,そのプロトコル何たらの様式に転記して,ハンコを押せばよいのである。しかし,こういう簡単な仕事がなかなかはかどらないのがパリの空の下である。むしろ上の空なのか。

最初に私が受け取ったプロトコル・ダキュイには,おいおい,あろうことか4ヶ所ものケアレスミスが含まれているではないか。その4ヶ所とは,住所,大学名,肩書,滞在期間,というものだった。滞在期間もまずいが,大学名はいくらなんでもまずいだろう。存在しない大学名なんか書いて,ベタな偽造文書のようではないか。何でこっちが書いたとおりに書かんかな。ぶつくさ言いつつその4ヶ所について直してもらうよう秘書の方にまたお願いした。その秘書さんの名誉のために言えば,秘書さんが悪いのか,人事部が悪いのかはわからない。半分しかフォローになっていないが。

ともかく,2度目のプロトコル・ダキュイを受けとることになったが,やはり住所が間違ったままである。何でやねん,とか,パスポートと一致しなくて大丈夫だろうか,とか悩みながら,よく見ると鉛筆で修正を指示しつつ,その鉛筆書きを消したようだ。何だろう。直せばいいのに。素直じゃないのね。いま思えば,そこは大して重要でない項目であったのだろう。しかしそういう部分を咎められることもありうると思うが。係官によっては。

というわけで,私のプロトコル・ダキュイには今なおへんてこな住所が記載されている。たとえて言えば駄洒落が「一文字しかおおてへんやん」的な,そんな狂い方である。まあそれでも何とかなるようではある。

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