苦労話(3): 釣り銭ドロボーの壁

この苦労話でも,まだ私は出国できてないんですけど。それはともかく,私およびその妻が憤慨したのは,「8,000円ちょろまかし未遂事件」とわれわれ夫婦が仲睦まじく呼ぶところの事件である。

すでに述べたように,ビザを取得するにはビザ料金を払う必要がある。これは本来ユーロ建てで決まっているのだが,領事館がくれたマニュアル(A4ペラ)には確か一人16,000円程度とマニュアルには書かれてあった(うろ覚え。でも金額はどうでもよい)。換算のための為替レートは週ごとに変動することになっているので,かなり多めに書いてあるのだった。それでなくてもけっこう高いが。足元を見られているとわかっていても仕方ないので払う。マニュアルには「釣りは郵送で返すから現金封筒を同封せよ」とある。

まあそういうやり方もあるかな,と送ったまではよかった。

ビザという名のシールを貼りつけたパスポートがめでたく帰ってきた。めでたしめでたし。現金封筒も帰ってきた。がおかしい。何でこんなに少ないんだ?

計算してみると,釣りの金額は9,266円になるはずだ(家族4人分だから,超過額もそれなりに多いわけである)。しかし,帰ってきたのはきっかり8,000円少ない,1,266円なのである。向こうの送ってきた現金封筒にもそのように書いてあった。

何かまたわれわれの知らない料金があったのか? しかし,向こうのとる料金は必ずユーロ建てだから,「きっかり」8,000円というのはおかしすぎる。怪しい。

と考えたが,まあこちらも向こうも内容を補償している現金書留で送っているんだから,とりあえず郵便局に問いあわせればこちらが送った額と向こうが送り返してきた額の差額もキチッと証明できるんだろうと安易に考えた。しかし,である。

郵便局に電話してみて,言われて,やっとあたりまえのことに気づいたのだが,郵便局の窓口係員は,現金封筒の中味まで改めるわけではなかった。ただなんぼなんぼと書かれた封筒を,ハイそうですかと処理しているだけである。だよねぇ。だから,封筒に書かれた金額と内容が一致しなくても,誰っっっにもわからないのである。つまり領事館側に,「あんたが最初にうちに送ってきた封筒の中身は,封筒に書いてあるのより8,000円少なかったよ」と言われたら,こちらには何の証拠もないということだ。

ここで,「絶対やられた」と確信した。今もまだ「確信」にすぎないけれど。

言い知れぬ憤怒にかられながら失われた8,000円を求めて受話器を取るが,当然ほとんどあいていない窓口のこと,すぐにつながるわけがないし,自分の授業がある日にはかけられないし,メールを2度送るがなしのつぶてである。このこと自体怪しい。だって,問い合わせのメールは何度か送ったが,そのつどちゃんと返事が来たのであるからして。

この件では妻も怒髪天を衝く勢いで毎日の電話攻勢をかけた。その結果,やっとつながったのである。そこで言うことが重ね重ね怪しい。

「あ~,あの8,000円ですね~。ちょうど8,000円だけ計があわなかった日があったんですがぁ~,誰に返したらいいかわからなくてぇ~,返してほしい人がいたら言ってくるだろうと思って待ってたんですよぉ~。え,メール? い~え~来てませんけどぉ~」

とか「即座に」ぬかしたらしい。口調は違うと思うが。ちなみにこの担当者は日本語を話すフランス人女性だったそうである。そういう口調(どんな口調?)をご想像いただきたい。

「普通そんなん言われても調べんとわからんやろ! 言われてすぐわかるなんて絶対こいつが犯人や! こいつがメールも握り潰しやがったんや~~~!!」と(これも口調は違うが)五臓六腑の煮えくり返った妻は,問われるままに「私の」名前と住所を答えたらしいが,8,000円の現金封筒はなんと「妻の」名前で返ってきた。どうして?

ね? きわめて怪しいでしょ。限りなくグレーでしょ。

かくしてわれわれは,在大阪・神戸フランス総領事館から正しい釣り銭を回収できたのである。出発2日前のことである。

結果的に滑り込みセーフだったし,そもそも何ら証拠がないので領事館員が何かをしたと言えるわけではない。こんなん書いてしまって逆にお怒りのメールとか来るかもなあ。しかし,地方から郵送で渡航手続きをしつつ,忙しく出国準備をしている人にとっては極めて問題のある対応であることは確かだ。おそらく窓口の人間が「ちょっとくすねちゃお」とか思ってこの手を使えば,私たちのように筋金入りにビンボーくさい人間以外は,ビザ自体はとれてるわけだし,それほど根性を出せないで回収をあきらめてしまうはずである。ほどなく日本からいなくなるし,要するに回収コストが高すぎるからね。

あたりまえのことをあたりまえにやってもらうためにとてつもない労力を払う,これが憧れのおフランスの日常生活である。う~ん,我ながら言い得て妙だ。

ついでに言うと,日本国民がフランス領事館の対応のまずさについて苦情を言ったところで,嫌われこそすれきちんと謝罪されることはまずないだろう。だって窓口の彼らは,別に日本人どもに親切にする義理はないのだから。相手は「踏みつぶしても踏みつぶしても出てくる黄色いアリ」(©クレッソン元首相)程度のものである。だから私は領事館には何も言わなかったし,今ここでもそちらに向けて言っているつもりはない。フランスの流儀では騙されて何も言わない方が悪い。だからご自由にやっていただきたい。ただ日本国民に向かっては,警鐘を鳴らしておこうとは思うのだ。情報があまりにもなさすぎるから。

ジャック・デリダの訃報は,いかなる出来事の『前夜』にもたらされたのか

8日金曜日夜~9日土曜日未明(日本時間だと土曜日の朝かな),あのジャック・デリダが亡くなった。享年74歳。膵臓ガンだったそうだ。実は昨年度エコール・ノルマル・シュペリュール(右写真)で予定されていたデリダの講義が突然取りやめになったとは聞いていたのだが,やはりそういうことだったのである。んー。とりあえず合掌。

なお,高橋哲也さんたちによって発刊されたばかりの『前夜』にもデリダの文章が載っているらしい。いつの時点での原稿だろうか。ともあれ,思想界ではしばらくは追悼の意味も込めてデリダの話題が取り沙汰されることだろう。

しかし,『(戦争)前夜』とはいったい何事だろうか。いまはれっきとした『戦時中』ではないのか。そして日本は大多数の国民の反対を押し切ってまでもはっきりと参戦しているではないか。この「前夜」グループはそう鈍感な人たちでもないはずだが,どうも一般に日本の世論には,「いま自分の国は戦争をしている」という感覚が薄いことが懸念されよう。これも大手メディアが本当のところを伝えていないためだ。

今後権力の暴走を防ぐためには,権力に阿ることのない独立系メディアの発達と,情報受信者側のメディア・リテラシーがぜひ必要になってくる。正確な情報は,座っているだけで向こうからやってくるわけではない。自分で主体的に収集しなければならない。が,受け身でいられないということはけっこうしんどいことだ。いまの日本人は徹底的に受け身だから。自分のことで精一杯で,忙しいからね。

政府の愚民政策が功を奏しつつあるといったところか。しかしながら,近視眼的な一部の者が推進する愚民政策は,国際的視野での公益を損なうものであるがゆえに,長い目で見れば必ず国益をも損うものである。ここはナチズムの教訓に学びたいところだ。

苦労話(2): 法定翻訳の壁

フランスは滞在期間が3ヶ月以内なら観光扱いでビザなしで入国できるが,1年間という滞在期間で渡航・滞在するためには,われわれ研究者の場合「研究者ビザ」というものを在日大使館などであらかじめ取得しておかねばならない。私は西日本在住だったため,大阪のフランス総領事館とやりとりをしなければならなかった(この手続きは現在は東京の大使館に一本化された)。なおかつ大阪なんて実家は近いけれど仕事があるのにそう簡単に行けるわけもなく,書類は郵送でのやりとりとなった。

これがどうしようもなくたいへんなのである。何がたいへんと言って,まず電話での問い合わせ窓口は2時から3時までの1時間しかないので,その間に西日本全圏から電話が殺到するのである(だって領事館のウェブサイトを見ても何の情報もないのだ。ちょっと書いときゃ自分らもラクできるのに)。というわけでまず電話がつながらない。忌ま忌ましいこと夥(おびただ)しい。

仮につながっても,彼らは機嫌が悪いだけでなく,聞いたことに一問一答的にしか答えない。むしろ,自分があらかじめ調べた知識が正しいのかどうかを確認できる,という程度のことがこの電話窓口の主な機能であるらしい。「研究者ビザをとるのに要る書類は何と何ですか」とか,「ビザ料金のための為替レートはいまいくらですか」とかいう人工無能でも答えられそうな質問ならまあ大丈夫だ。が,法定翻訳が1部でなんぼではなく,1「枚」なんぼであるという事実は彼らとの会話にはついに出てこなかったために,これで軽く一度失敗した(速達郵送料分を損した)。要するにこの問い合わせのあいだじゅう,こちら側は「自分が何を知らないのかを知らない」というソクラテス的というかヘーゲル的というかハイデガー的な虚無の空間へ捨て置かれたままなのである。

さて,その「法定翻訳」というのが今回のテーマである。

私は家族同伴で渡航することにしたので,戸籍などの「法定翻訳」がビザ申請に必要ということだった。が,海外渡航若葉マークのわれわれにはまずどういうものなのかがはっきりわからない。いや,日本発行の重要な書類を,向こうで有効な書類にコンバートするということはわかる。だけれども,それをどういう手順で作ればよいのかについての情報が見あたらない。

結論から言えば,当該の文書(例えば戸籍謄本とか)をどうにかしてフランス語に訳し,それに大使館/領事館のハンコをもらえばよいのである。お金を払って。

ただ,「どうにかして訳す」という部分でいろいろやり方がある。もちろん自分で訳すという方法もある。専門の翻訳家にしてもらう方法もある。一長一短だ。自分で訳すと向こうの法律用語や言い回しなどがわかっていないとかなり難しいだろう。専門の翻訳家は仕事は完璧で,場合によってはさらに領事館とやりとりの上ハンコまでもらってくれるが,料金が当然発生する。

私の場合は,自分のフランス語会話の師匠(フランス人の若い兄ちゃん)に相談してみた。すると,彼自身もそういう翻訳の「手伝い」をしていると言う。そう言われたときなぜに「手伝い」なのかよくわからなかったが,あとでわかったことにはこれは要するに「自分で訳す」と「専門家に頼む」の中間のやり方なのだった。どういうことかというと,私の師匠はハンコを直接押せる資格はないけれど,ハンコをもらえる水準の書類を作れる能力がある,ということなのだ。一方ハンコを直接押せる人=専門の翻訳家は,大使館/領事館の指定業者として営業をしている。ちなみに私の師匠は日頃のよしみで無料でやってくれた。ありがたい。皆さん九州日仏学館大分校をよろしく。

でわれわれがなすべきことは,結局,(ハンコをもらえる水準の)翻訳済み書類を,領事館に「法定翻訳料」と返信用封筒とともに送付することだ。するとめでたく(例えば,戸籍謄本の)「法定翻訳」と認定されハンコを押された書類が戻ってくるわけだ。ただし何か不備があった場合には,ハンコが押されずに突っ返されたりするらしい。しょうもない一言が抜けていたためとか。これは渡航が迫っていて手続きを急いでいる人にはリスクだろう。

こうしてできた法定翻訳は,ビザの取得申請のために必要な書類である。したがって,ビザを申請するためには,最低でも2度,領事館と書類をやりとりしなければならないということになる。法定翻訳を作るのに1度。ビザ自体の申請に1度。面倒くさいのである。というか,はっきり言って非効率である。彼ら自身の仕事量も何だか多そうで気の毒というか自業自得である。

こういう話は,フランス文化を知る人は「そうそう,そうなんだよね~」と遠い目でうなずくところのものだ。手続き関係が難渋するのはそれ自体フランス文化なのである。あっ。そこのフランス人の方,石を投げないでください。さあこれからフランスへ行こう!と前向きになっている日本人もまた,うれしくもないがその洗礼を日本にいながらにして味わうことになる。軽く凹んでから来いということか。あるいは,これくらいのことで凹むようじゃあオイラの国ではやっていけねーよということなのか。

苦労話(1): プロトコル・ダキュイの壁

いま苦労の真っ最中なので本当はあとにしたいのだが,ぼちぼちフランス(パリ)生活の苦労話を綴っていこうと思う。このやる方ない憤懣を忘れてしまっても癪だからね。ちなみに今回から敬体はやめて常体に切り換えたい。勝手ですまない。

さてさて,世間では「バカの壁」が流行っているようだが,むしろ「海外研修の壁」こそが幾重にもわれわれの前に立ちはだかっているのである。幾重にもといって,どんな壁があるのか。そこにはあんな壁やこんな壁があるのであって,ここではそれを紹介していこうと思う。とりあえず今日はその第一弾。「制度の壁」てなところか。でももうちょっと絞って「プロトコル・ダキュイの壁」と題してみよう。

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