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2004-10
苦労話(3): 釣り銭ドロボーの壁
- 2004-10-23 (土)
- フランス
この苦労話でも,まだ私は出国できてないんですけど。それはともかく,私およびその妻が憤慨したのは,「8,000円ちょろまかし未遂事件」とわれわれ夫婦が仲睦まじく呼ぶところの事件である。
すでに述べたように,ビザを取得するにはビザ料金を払う必要がある。これは本来ユーロ建てで決まっているのだが,領事館がくれたマニュアル(A4ペラ)には確か一人16,000円程度とマニュアルには書かれてあった(うろ覚え。でも金額はどうでもよい)。換算のための為替レートは週ごとに変動することになっているので,かなり多めに書いてあるのだった。それでなくてもけっこう高いが。足元を見られているとわかっていても仕方ないので払う。マニュアルには「釣りは郵送で返すから現金封筒を同封せよ」とある。
まあそういうやり方もあるかな,と送ったまではよかった。
ビザという名のシールを貼りつけたパスポートがめでたく帰ってきた。めでたしめでたし。現金封筒も帰ってきた。がおかしい。何でこんなに少ないんだ?
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ジャック・デリダの訃報は,いかなる出来事の『前夜』にもたらされたのか
8日金曜日夜~9日土曜日未明(日本時間だと土曜日の朝かな),あのジャック・デリダが亡くなった。享年74歳。膵臓ガンだったそうだ。実は昨年度エコール・ノルマル・シュペリュール(右写真)で予定されていたデリダの講義が突然取りやめになったとは聞いていたのだが,やはりそういうことだったのである。んー。とりあえず合掌。
なお,高橋哲也さんたちによって発刊されたばかりの『前夜』にもデリダの文章が載っているらしい。いつの時点での原稿だろうか。ともあれ,思想界ではしばらくは追悼の意味も込めてデリダの話題が取り沙汰されることだろう。
しかし,『(戦争)前夜』とはいったい何事だろうか。いまはれっきとした『戦時中』ではないのか。そして日本は大多数の国民の反対を押し切ってまでもはっきりと参戦しているではないか。この「前夜」グループはそう鈍感な人たちでもないはずだが,どうも一般に日本の世論には,「いま自分の国は戦争をしている」という感覚が薄いことが懸念されよう。これも大手メディアが本当のところを伝えていないためだ。
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苦労話(2): 法定翻訳の壁
- 2004-10-04 (月)
- フランス
フランスは滞在期間が3ヶ月以内なら観光扱いでビザなしで入国できるが,1年間という滞在期間で渡航・滞在するためには,われわれ研究者の場合「研究者ビザ」というものを在日大使館などであらかじめ取得しておかねばならない。私は西日本在住だったため,大阪のフランス総領事館とやりとりをしなければならなかった(この手続きは現在は東京の大使館に一本化された)。なおかつ大阪なんて実家は近いけれど仕事があるのにそう簡単に行けるわけもなく,書類は郵送でのやりとりとなった。
これがどうしようもなくたいへんなのである。何がたいへんと言って,まず電話での問い合わせ窓口は2時から3時までの1時間しかないので,その間に西日本全圏から電話が殺到するのである(だって領事館のウェブサイトを見ても何の情報もないのだ。ちょっと書いときゃ自分らもラクできるのに)。というわけでまず電話がつながらない。忌ま忌ましいこと夥(おびただ)しい。
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苦労話(1): プロトコル・ダキュイの壁
- 2004-10-02 (土)
- フランス
いま苦労の真っ最中なので本当はあとにしたいのだが,ぼちぼちフランス(パリ)生活の苦労話を綴っていこうと思う。このやる方ない憤懣を忘れてしまっても癪だからね。ちなみに今回から敬体はやめて常体に切り換えたい。勝手ですまない。
さてさて,世間では「バカの壁」が流行っているようだが,むしろ「海外研修の壁」こそが幾重にもわれわれの前に立ちはだかっているのである。幾重にもといって,どんな壁があるのか。そこにはあんな壁やこんな壁があるのであって,ここではそれを紹介していこうと思う。とりあえず今日はその第一弾。「制度の壁」てなところか。でももうちょっと絞って「プロトコル・ダキュイの壁」と題してみよう。
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